・・・――低い舷の外はすぐに緑色のなめらかな水で、青銅のような鈍い光のある、幅の広い川面は、遠い新大橋にさえぎられるまで、ただ一目に見渡される。両岸の家々はもう、たそがれの鼠色に統一されて、その所々には障子にうつるともしびの光さえ黄色く靄の中に浮・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・窓の間には彫花の籠に、緑色の鸚鵡が飼ってある。その鸚鵡が僕を見ると、「今晩は」と云ったのも忘れられない。軒の下には宙に吊った、小さな木鶴の一双いが、煙の立つ線香を啣えている。窓の中を覗いて見ると、几の上の古銅瓶に、孔雀の尾が何本も挿してある・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・わらくずやペンキ塗りの木の片が黄緑色に濁った水面を、一面におおっている。どうも、昔、森さんの「桟橋」とかいうもので読んだほど、小説らしくもなんともない。 麦わら帽子をかぶって、茶の背広を着た君は、扇を持って、こっちをながめていた。それも・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・その好い人が町を離れて此処で清い空気を吸って、緑色な草木を見て、平日よりも好い人になって居るのだ。初の内は子供を驚かした犬を逐い出してしまおうという人もあり、中には拳銃で打ち殺そうなどという人もあった。その内に段々夜吠える声に聞き馴れて、し・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・この道は暗緑色の草がほとんど土を隠す程茂っていて、その上に荷車の通った轍の跡が二本走っている。 薄ら寒い夏の朝である。空は灰色に見えている。道で見た二三本の立木は、大きく、不細工に、この陰気な平地に聳えている。丁度森が歩哨を出して、それ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そしてテーブルの上には、いろいろの花が咲き乱れているばかりでなく、桃色のランプの外に緑色のランプがともって、楽園にきたような感じがしたのであります。けれど、ただ一人父親の姿が見えませんでした。これらの若い男や、女は、たがいによい声で歌い、ま・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ その木は、なんの木か知らなかったけれど、緑色の葉がしげっていました。そして、その緑色の葉の一つ一つは、青玉のように美しく日に輝いていました。 父親は子供がうれしそうに、木の葉の動くのをながめて笑っているようすを見るにつけ、また水た・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
・・・そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。ある家の裏には芭蕉の葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好に刈られた松も見える。みな黝んだ下葉と新しい若葉で、いいふうな・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・落葉が降り留っている井戸端の漆喰へ、洗面のとき吐く痰は、黄緑色からにぶい血の色を出すようになり、時にそれは驚くほど鮮かな紅に冴えた。堯が間借り二階の四畳半で床を離れる時分には、主婦の朝の洗濯は夙うに済んでいて、漆喰は乾いてしまっている。その・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・その虫を踏み潰して、緑色に流れる血から糸を取り、酢に漬け、引き延ばし、乾し固め、それで魚を釣ったことを思出した。彼は又、生きた蛙を捕えて、皮を剥ぎ、逆さに棒に差し、蛙の肉の一片に紙を添えて餌をさがしに来る蜂に与え、そんなことをして蜂の巣の在・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫