・・・まずどうするとお思いなさる、……後で聞くとこの蝋燭の絵は、その婦が、隙さえあれば、自分で剳青のように縫針で彫って、彩色をするんだそうで。それは見事でございます。 また髪は、何十度逢っても、姿こそ服装こそ変りますが、いつも人柄に似合わない・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・からだをくねらせて私の片頬へ縫針を突き刺した。「坊や、痛いか。痛いか。」私には痛かった。 私の祖母が死んだのは、こうして様様に指折りかぞえながら計算してみると、私の生後八カ月目のころのことである。このときの思い出だけは、霞が三角・・・ 太宰治 「玩具」
・・・寝たきりなのでございますが、それでも、陽気に歌をうたったり、冗談言ったり、私に甘えたり、これがもう三、四十日経つと、死んでゆくのだ、はっきり、それにきまっているのだ、と思うと、胸が一ぱいになり、総身を縫針で突き刺されるように苦しく、私は、気・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・英国の教師夫婦を雇い、夫は男子を集めて英語を授け、婦人は児女をあずかりて、英語の外にかねてまた縫針の芸を教えり。外国の婦人は一人なれども、府下の婦人にて字を知り女工に長ずる者七、八名ありて、その教授を助けり。 この席に出でて英語を学び女・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・例えば人類が最初の火を自分たちの生活のなかにとらえて来たときのことについても、縫針というものを発明したきっかけなどについても、極めて活々とした人間の実験の精神・偉大な創意の導きとしての日常のささやかな思いつき、精神のこまやかな敏活さなどが、・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
出典:青空文庫