・・・――きらずだ、繋ぐ、見得がいいぞ、吉左右! とか言って、腹が空いているんですから、五つ紋も、仙台平も、手づかみの、がつがつ喰。…… で、それ以来――事件の起りました、とりわけ暑い日になりますまで、ほとんど誰も腹に堪るものは食わなかったの・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・美人を現ず 古より乱離皆数あり 当年の妖祟豈因無からん 半世売弄す懐中の宝 霊童に輸与す良玉珠 里見氏八女匹配百両王姫を御す 之子于に帰ぐ各宜きを得 偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・希望を繋ぐことができない。そう考えんとするのだ。 この美しい自然も自由な大空も決して美しくもなければ、また、自由でもないと思うに至ったのである。 人生は、こんな醜悪なものだ、行っても、行っても灰色な道だ。美しいと思っていたのが誤りだ・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・表口へ来て馬を繋ぐ近在の百姓もあった。知らない旅客、荷を負った商人、草鞋掛に紋附羽織を着た男などが此方を覗き込んでは日のあたった往来を通り過ぎた。「広岡先生が上田から御通いなすった時分から見やすと、御蔭で吾家でもいくらか広くいたしやした・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「繋ぐ日も、繋ぐ月もなきに」とギニヴィアは答うるが如く答えざるが如くもてなす。王を二尺左に離れて、床几の上に、纎き指を組み合せて、膝より下は長き裳にかくれて履のありかさえ定かならず。 よそよそしくは答えたれ、心はその人の名を聞きてさ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・この約束が成立してから裸体画はようやくその生命を繋ぐ事ができたのであって、ある画工や文芸批評家の考えるように、世間晴れて裸体画が大きな顔をされた義理ではありません。電車は危険だが、交通に便だから、一定の道路に限って、危険の念を抽出して、ある・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・それに三十頭の名馬を繋ぐ。裸馬ではない鞍も置き鐙もつけ轡手綱の華奢さえ尽してじゃ。よいか。そしてその真中へ鎧、刀これも三十人分、甲は無論小手脛当まで添えて並べ立てた。金高にしたらマルテロの御馳走よりも、嵩が張ろう。それから周りへ薪を山の様に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・べからず、人間一日も文学なかるべからず、これは彼を助け、彼はこれを助け、両様並び行われて相戻らず、たがいに依頼して事をなすといえども、その地位はおのずから両立の勢をなせるものなれば、政治の囲範に文学を繋ぐべからず。これすなわち学者をして随意・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・悲しい事にはわたくしは、その時になって貴方の心を繋ぐようなものを持っていませんでした。貴方の一番終いに下すったあの恐ろしいお手紙が届いた時は、わたしは死のうと思いました。それを今打明けて申すのは、貴方に苦しい思いをさせようと思って申すのでは・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・それ等の声に耳を傾け私も亦 人に洩れぬ 私語で 物語り見えぬ友情絶ち難い 愛が 二人の胸を繋ぐ。私は、此一生をお前の 愛に捧げよう、我生をその愛に献じ魂をこめて生命を伝えたら生存が お前の奥に埋もれ切・・・ 宮本百合子 「五月の空」
出典:青空文庫