・・・「木綿及び麻織物洗濯。ハンケチ、前掛、足袋、食卓掛、ナプキン、レエス、……「敷物。畳、絨毯、リノリウム、コオクカアペト……「台所用具。陶磁器類、硝子器類、金銀製器具……」 一冊の本に失望したたね子はもう一冊の本を検べ出した。・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・ 女は、織物の入った、大ぶろしきの包みをしょって、街道を歩いて、町へ出ることもありました。頭の上の青空は、いつになっても変わりがなかったけれど、また、その空を流れる白い雲にも変わりがなかったけれど、女のようすは変わっていました。 水・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草が茂っている叢になっている。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏の木がその上に生えている気持。風が来ると草がさわぐ。そして、御覧。尺取虫が枝から枝を葡っている。この二つをおまえにあげる。まだ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・男は外国織物と思わるる稍堅い茵の上にむんずと坐った。室隅には炭火が顔は見せねど有りしと知られて、室はほんのりと暖かであった。 これだけの家だ。奥にこそ此様に人気無くはしてあれ、表の方には、相応の男たち、腕筋も有り才覚も有る者どもの居らぬ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ いつであったか、銀座資生堂楼上ではじめて山崎斌氏の草木染めの織物を見たときになぜか涙の出そうなほどなつかしい気がした。そのなつかしさの中にはおそらく自分の子供の時分のこうした体験の追憶が無意識に活動していたものと思われる。またことしの・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ 年の行かない令嬢が振袖に織物の帯を胸高にしめて踊るのがなんと言ってもこういう民族的の踊りにはふさわしく美しく見えたが、洋装のお嬢さんたちのはどうも表情体操でも見るようで、おかしくはないが全くなんの情味もないものに思われた。それからまた・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・私は時々庭へおりて行っていろいろの方向からこの闇の中に浮き上がった光の織物をすかして見たりする。それからそのまん中に椅子を持ち出して空の星を点検したり、深い沈黙の小半時間を過ごす事もある。 芝の若芽が延びそめると同時に、この密生した葉の・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 土人の売りに来たものは絵はがき、首飾り、エジプト模様の織物、ジェルサレムの花を押したアルバム、橄欖樹で作った紙切りナイフなど。商人の一人はポートセイドまで乗り込んで甲板で店をひろげた。 十時出帆徐行。運河の土手の上をまっ黒な子供の・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・あるいは平凡な織物の帯地を見ているようなもので、綺麗は綺麗だがそこに何らの感興も起らなければ何らの刺戟も受けない。これに反して古来の大家と云われるほどの人の南画は決してそんなものではない。自分の知っている狭い範囲だけでも蕪村、高陽のごとき人・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・そらには霜の織物のような又白い孔雀のはねのような雲がうすくかかってその下を鳶が黄金いろに光ってゆるく環をかいて飛びました。 みんなは、「とんびとんび、とっとび。」とかわるがわるそっちへ叫びながら丘をのぼりました。そしていつもの栗の木・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫