・・・この事を進めていえば、これまで種々なる方面の人から論じ出された日本の家屋と国民性の問題を繰返すに過ぎまい。 われわれの生活は遠からず西洋のように、殊に亜米利加の都会のように変化するものたる事は誰が眼にも直ちに想像される事である。然らばこ・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・と椽に端居して天下晴れて胡坐かけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語にて即興なれば間に合わすつもりか。剛き髪を五分に刈りて髯貯えぬ丸顔を傾けて「描けども、描けども、夢なれば、描けども、成りがたし」と高らかに誦し了って、からからと笑いながら、室の・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・と女は右の手を高く挙げて広げたる掌を竪にランスロットに向ける。手頸を纏う黄金の腕輪がきらりと輝くときランスロットの瞳はわれ知らず動いた。「さればこそ!」と女は繰り返す。「薔薇の香に酔える病を、病と許せるは我ら二人のみ。このカメロットに集まる・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・と、吉里は詫びるように頼むように幾たびとなく繰り返す。 西宮はうつむいて眼を閉ッて、じッと考えている。 吉里はその顔を覗き込んで、「よござんすか。ねえ兄さん、よござんすか。私ゃ兄さんでも来て下さらなきゃア……」と、また泣き声になッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・今一度博士の所説を繰り返すならば私は筆記して置きましたが、読んで見ます、その中の出来事はみな神の摂理である。総ては総てはみこころである。誠に畏き極みである。主の恵み讃うべく主のみこころは測るべからざる哉、すべてこれ摂理である。み恵みである。・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ はあ、と云って立って居るのでもう一度同じ言葉を繰返すと、その青年は、ひどく心得た調子で「まあどうぞ其方へおかけ下さい」と、まるで自分が主人ででもあるような口調で私に、彼にすすめる椅子を進めた。「荷物がありますから」 ち・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・そして、一度でよい返事を必ず三度繰返す不思議な癖を持っていた。「れんや」 彼女に用を命じるだろう。「一寸お薬をとりに行って来て頂戴」「はい」 先ず見えない処で、彼女の甲高い返事の第一声が響く。すぐ、小走りに襖の際まで姿を・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・様子は変っていても、こんな静かな、同じことを繰り返すような為事をするには差支えなく、また為事がかえって一向きになった心を散らし、落ち着きを与えるらしく見えた。姉と前のように話をすることの出来ぬ厨子王は、紡いでいる姉に、小萩がいて物を言ってく・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
一 偶像破壊が生活の進展に欠くべからざるものであることは今さら繰り返すまでもない。生命の流動はただこの道によってのみ保持せらる。我らが無意識の内に不断に築きつつある偶像は、注意深い努力によって、また不断に破壊せられねばならぬ。・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
一 我々の生活や作物が「不自然」であってはならないことは、今さらここに繰り返すまでもない。我々は絶対に「自然」に即かなくてはならぬ。しかしそれで「自然」についての問題がすべて解決されたとは言えない。むしろ、問題はそれから先にある・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫