・・・「差当りこれだけ取って置くさ。もしお婆さんの占いが当れば、その時は別に御礼をするから、――」 婆さんは三百弗の小切手を見ると、急に愛想がよくなりました。「こんなに沢山頂いては、反って御気の毒ですね。――そうして一体又あなたは、何・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・作料は三年ごとに書換えの一反歩二円二十銭である事、滞納には年二割五分の利子を付する事、村税は小作に割宛てる事、仁右衛門の小屋は前の小作から十五円で買ってあるのだから来年中に償還すべき事、作跡は馬耕して置くべき事、亜麻は貸付地積の五分の一以上・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・公民たるこっちとらが社会の安全を謀るか、それとも構わずに打ち遣って置くかだ。」 こんな風な事をもう少ししゃべった。そして物を言うと、胸が軽くなるように感じた。「実に己は義務を果すのだ」と腹の内で思った。始てそこに気が附いたというよう・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認めて置く。特待生だよ。A 許してくれ。おれは何よりもその特待生が嫌いなんだ。何日だっけ北海道へ行く時青森から船に乗ったら、船の事務長が知ってる奴だったものだから、三等の・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 浪の音には馴れた身も、鶏の音に驚きて、児と添臥の夢を破り、門引きあけて隈なき月に虫の音の集くにつけ、夫恋しき夜半の頃、寝衣に露を置く事あり。もみじのような手を胸に、弥生の花も見ずに過ぎ、若葉の風のたよりにも艪の声にのみ耳を澄ませば、生・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・家族はことごとく自分の二階へ引取ってくれ、牛は回向院の庭に置くことを諾された。天候情なくこの日また雨となった。舟で高架鉄道の土堤へ漕ぎつけ、高架線の橋上を両国に出ようというのである。われに等しき避難者は、男女老幼、雨具も無きが多く、陸続とし・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・のはわしとして名誉でもあったろが、くたばりそこねてこないな耻さらしをするんやさかい、矢ッ張り大胆な奴は仕合せにも死ぬのが早い――『沈着にせい、沈着にせい』云うて進んで行くんやさかい、上官を独りほかして置くわけにも行かん。この人が来なんだら、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・天保の饑饉年にも、普通の平民は余分の米を蓄える事が許されないで箪笥に米を入れて秘したもんだが、淡島屋だけは幕府のお台を作る糊の原料という名目で大びらに米俵を積んで置く事が出来る身分となっていた。が、富は界隈に並ぶ者なく、妻は若くして美くしく・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・若しこの社会の有力なる識者が、真に母が子供に対する如き無窮の愛と、厳粛さとを有って行うのであれば宜しいけれども、そうでないならば寧ろ自然の儘に放任して置くに如かぬ、彼等の多くは愛を誤解している。 茲に苦しんでいる人間があるとする。それを・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・そして寝床の中で腹巻の銭をチャラチャラいわせていたが、「阿母、おい、ここへ置くよ。今夜のを。」と枕元へ銅貨の音をさせた。 私は悸とした。 すると、案のごとく、上さんはそれを受取ると、今度は薄暗いランプの火影で透しながら、私の枕元・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫