・・・入口の右手に寝藁を敷いた馬の居所と、皮板を二、三枚ならべた穀物置場があった。左の方には入口の掘立柱から奥の掘立柱にかけて一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々蓆が拡げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・階下は弁当や寿司につかう折箱の職人で、二階の六畳はもっぱら折箱の置場にしてあったのを、月七円の前払いで借りたのだ。たちまち、暮しに困った。 柳吉に働きがないから、自然蝶子が稼ぐ順序で、さて二度の勤めに出る気もないとすれば、結局稼ぐ道はヤ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・横坑から分岐した竪坑や、斜坑には、あわてゝ丸太の柵を打ちつけた。置き場に困る程無茶苦茶に杉の支柱はケージでさげられてきた。支柱夫は落盤のありそうな箇所へその杉の丸太を逆にしてあてがった。 阿見は、ボロかくしに、坑内をかけずりまわっていた・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・したらいいのか、こちらへ単身都落ちして来ましてからも、十年間、私は当然、弟の女房や、またその女房の妹だの叔母だの、何やらかやらの女どものために、複雑奇妙の攻撃を受け、この世に女のいるあいだは、私の身の置き場がどこにも無いのではなかろうかと、・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・どうかして電車がしばらく来ない時には、河岸の砂利置場へはいってお堀の水をながめたり呉服橋を通る電車の倒影を見送ったりする。丸善の二階で得たいろいろな印象や、三越で受けたさまざまな刺激がこの河岸の風に吹かれて緊張のゆるんだ時に、いろいろの変わ・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・深川の堀割の夜深、石置場のかげから這出す辻君にも等しい彼の水転の身の浅間しさを愛するのである。悪病をつつむ腐りし肉の上に、爛れたその心の悲しみを休ませるのである。されば河添いの妾宅にいる先生のお妾も要するに世間並の眼を以て見れば、少しばかり・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・セメントの橋の上を材木置場の番人かと思われる貧し気な洋服姿の男が、赤児を背負った若い女と寄添いながら歩いて行く。その跫音がその姿と共に、橋の影を浮べた水の面をかすかに渡って来るかと思うと忽ち遠くの工場から一斉に夕方の汽笛が鳴り出す……。わた・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・枕橋のほとりなる水戸家の林泉は焦土と化した後、一時土砂石材の置場になっていたが、今や日ならずして洋式の新公園となるべき形勢を示している。吾人は日比谷青山辺に見るが如き鉄鎖とセメントの新公園をここにもまた見るに至るのであろう。三囲の堤に架せら・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・その間にはいろいろなことを考えたこともあッた、馬鹿なことを考えたこともあッた、いろいろなことを思ッたこともあッたが、もう今――明日はどうなるんだか自分の身の置場にも迷ッてる今になッて、今朝になッて……。吉里さん、私しゃ何とも言えない心持にな・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・豚は身体の置き場もなく鼻で敷藁を掘ったのだ。「おおい、いよいよ急がなきゃならないよ。先頃の死亡承諾書ね、あいつへ今日はどうしても、爪判を押して貰いたい。別に大した事じゃない。押して呉れ。」「いやですいやです。」豚は泣く。「厭だ?・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
出典:青空文庫