・・・味噌漉の代理が勤まるというなんとか笊もある。羊羹のミイラのような洗たくせっけんもある。草ぼうきもあれば杓子もある。下駄もあれば庖刀もある。赤いべべを着たお人形さんや、ロッペン島のあざらしのような顔をした土細工の犬やいろんなおもちゃもあったが・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・白痴が羊羹を切るように世界の事が料理されてたまるものか。元来古今を貫ぬく真理を知らないから困るのサ、僕が大真理を唱えて万世の煩悩を洗ッてやろうというのも此奴らのためサ。マア聞き玉え真理を話すから。迂濶に聞ていてはいけないよ、真理を発揮してや・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・富士山を見て居ると、きっと羊羹をたべたくなります。心にもない、こんなおどけを言わなければならないほど、私には苦しいことがございます。私も、もう二十六でございます。もう、あれから、十年にもなりますのね。ずいぶん勉強いたしました。けれども、なん・・・ 太宰治 「花燭」
・・・茶店で羊羹食いながら、白扇さかしまなど、気の毒に思うのである。なお、この一文、茶屋の人たちには、読ませたくないものだ。私が、ずいぶん親切に、世話を受けているのだから。 太宰治 「富士に就いて」
・・・そうして、肉桂酒、甘蔗、竹羊羹、そう云ったようなアットラクションと共に南国の白日に照らし出された本町市の人いきれを思い浮べることが出来る。そうしてさらにのぞきや大蛇の見世物を思い出すことが出来る。 三谷の渓間へ虎杖取りに行ったこともあっ・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・竹羊羹というのは青竹のひと節に黒砂糖入り水羊羹をつめて凝固させたものである。底に当たる節の隔壁に錐で小さな穴を明けておいて開いた口を吸うと羊羹の棒がなめらかに抜け出して来る、それを短く歯でかみ切って食う、残りの円筒形の羊羹はちょっと吹くとま・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・先生は青磁の鉢に羊羹を盛った色彩の感じを賞したことがあったように記憶する。 青磁の皿にまっかなまぐろのさしみとまっ白なおろし大根を盛ったモンタージュはちょっと美しいものの一つである。いきのよいさしみの光沢はどこか陶器の光沢と相通ずるもの・・・ 寺田寅彦 「青磁のモンタージュ」
・・・草色の羊羹が好きであり、レストーランへいっしょに行くと、青豆のスープはあるかと聞くのが常であった。「吾輩は猫である」で先生は一足飛びに有名になってしまった。ホトトギス関係の人々の文章会が時々先生の宅で開かれるようになった。先生の「猫」の・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 下へおりると、おひろが知らしたとみえて、森さんももうやってきて、別製の蓮羊羹なぞをおびただしく届けさせてきた。「先生、これはちょいといいもんです。おひろ一本切ってきてごらん」 道太は二三日前に、芝居のお礼か何か知らんが、辰之助・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・いくら藤村の羊羹でもおまるの中に入れてあると、少し答えます。そのおまるたると否とを問わず、むしゃむしゃ食うものに至っては非常稀有の羊羹好きでなければなりません。あれも学才があって教師には至極だが、どうも放蕩をしてと云う事になるととうてい及第・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫