・・・そうして、その境涯は、可也僕には羨ましい境涯である。若し、多岐多端の現代に純一に近い生活を楽しんでいる作家があるとしたら、それは詠嘆的に自然や人生を眺めている一部の詩人的作家よりも、寧ろ、菊池なぞではないかと思う。・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・しかし羨ましいね君の今のやり方は、実はずっと前からのおれの理想だよ。もう三年からになる。B そうだろう。おれはどうも初め思いたった時、君のやりそうなこったと思った。A 今でもやりたいと思ってる。たった一月でも可い。B どうだ、お・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・……これを見ると、羨ましいか、桶の蔭から、むくと起きて、脚をひろげて、もう一匹よちよちと、同じような小狗は出て来ても、村の閑寂間か、棒切持った小児も居ない。 で、ここへ来た時……前途山の下から、頬被りした脊の高い草鞋ばきの親仁が、柄の長・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・女中は感に堪えてか、お愛想か、「お羨ましいことねい」「アハヽヽヽヽ今日はそれでも、羨ましいなどといわれる身になったかな」 おとよは改めて自分から茶を省作に進め、自分も一つを啜って二人はすぐに湖畔へおりた。「どっちからいこうか・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ これで国府津へは三度目だが、なかなかいいところだとか、僕が避暑がてら勉強するには持って来いの場所だとか、遊んでいながら出来る仕事は結構で羨ましいとか、お袋の話はなかなかまわりくどくって僕の待ち設けている要領にちょっとはいりかねた。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・私の一生には私を泣かせるような素晴らしい女はもはや現われないだろうが、しかしよしんばつまらない女とでも泣けた時代が羨ましいのである。ひとの羨むような美女でも、もし彼女がウェーブかセットを掛けた直後、なまなましい色気が端正な髪や生え際から漂っ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ おれも亦まツこの通り……ああ此男が羨ましい! 幸福者だよ、何も聞ずに、傷の痛みも感ぜずに、昔を偲ぶでもなければ、命惜しとも思うまい。銃劒が心臓の真中心を貫いたのだからな。それそれ軍服のこの大きな孔、孔の周囲のこの血。これは誰の業? 皆こう・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・彼は羨ましいような、また憎くもあるような、結局芸術とか思想とか云ってても自分の生活なんて実に惨めで下らんもんだというような気がされて、彼は歩みを緩めて、コンクリートの塀の上にガラスの破片を突立てた広い門の中をジロ/\横目に見遣りながら、歩い・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 互いに恋し合った間柄だけに、よそ目にも羨ましいほどの新婚ぶりであった。何という優しいTであろう、――彼は新夫人の前では、いっさい女に関する話をすることすら避けていた。私はある晩おおいに彼に叱られたことがある。それは、私がずっと以前に書・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・ 羨ましい、素晴しく幸福そうな眺めだった。涼しそうな緑の衝立の蔭。確かに清冽で豊かな水。なんとなく魅せられた感じであった。きょうは青空よい天気まえの家でも隣でも水汲む洗う掛ける干す。 国定教科書にあったの・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫