・・・「志村さんが私にお惚れになったって、私の方でも惚れなければならないと云う義務はござんすまい。」さ。 それから、まだあるんだ。「それがそうでなかったら、私だって、とうの昔にもっと好い月日があったんです。」 それが、所謂片恋の悲しみなん・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・むしろ何か義務に対する諦らめに似たものに充たされている。彼もあらゆる男性のように三重子に倦怠を感じ出したのであろうか? けれども捲怠を生ずるためには同一のものに面しなければならぬ。今日の三重子は幸か不幸か全然昨日の三重子ではない。昨日の三重・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・……ところで、奴が死んでみると、俺たち彼の仲間は、奴の作品を最も正しい方法で後世に遺す義務を感ずるのだ。ところで、俺は九頭竜にいった。いやしくもおまえさんが押しも押されもしない書画屋さんである以上、書画屋という商売にふさわしい見識を見せるの・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・しかしフレンチの方では、神聖なる義務を果すという自覚を持っているのだから、奥さんがどんなに感じようが、そんな事に構まってはいられない。 ところが不思議な事には、こういう動かすべからざる自覚を持っているくせに、絶えず体じゅうが細かく、不愉・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎は蒼くなりて、「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」 と誠心籠めたる強き声音も、いかでか叔母の耳に・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ こんな調子で余は岡村に、君の資格を以てして今から退隠的態度をとるは、余りに勇気に乏しく、資格ある人士の義務から考えても、自家将来の幸福を求むる点から考えても、決して其道でないと説いた。岡村は冷かに笑って、君の云うことは尤もだけれど、僕・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・それでわが子の思うようにばかりさせないのは、これも親として一つの義務だ。省作だって悪い男ではあんめい、悪い男ではあんめいけど、向うも出る人おまえも出る人、事が始めから無理だ。許すに許されない二人のないしょ事だ。いわば親の許さぬ淫奔というもの・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ それにしてもYを心から悔悛めさせて、切めては世間並の真人間にしなければ沼南の高誼に対して済まぬから、年長者の義務としても門生でも何でもなくても日頃親しく出入する由縁から十分訓誡して目を覚まさしてやろうと思い、一つはYを四角四面の謹厳一・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・即ち、生き得る条件の下に置かれざる者にも、一律的に消費の義務をはたさせようとするが如き、これです。たとえば、失業者及びこれと近い生活をする者をして、日常の必要品たる、家賃を始め、ガス、水道、電気等の料金に至る迄、極めて規則的に強要しつつある・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・独り永久に人間性の為めに戦わなければならないのは、芸術家の義務である。 小川未明 「囚われたる現文壇」
出典:青空文庫