・・・ 三 その翌日の午後、彼は思案に余って、横井を署へ訪ねて行った。明け放した受附の室とは別室になった奥から、横井は大きな体躯をのそり/\運んで来て「やあ君か、まああがれ」斯う云って、彼を二階の広い風通しの好い室へ案内し・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・着いた翌日の夜。義兄と姉とその娘と四人ではじめてこの城跡へ登った。旱のためうんかがたくさん田に湧いたのを除虫燈で殺している。それがもうあと二三日だからというので、それを見にあがったのだった。平野は見渡す限り除虫燈の海だった。遠くになると星の・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 飯田町の狭い路地から貧しい葬儀が出た日の翌日の朝の事である。新宿赤羽間の鉄道線路に一人の轢死者が見つかった。 轢死者は線路のそばに置かれたまま薦がかけてあるが、頭の一部と足の先だけは出ていた。手が一本ない・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・そして一人の子どもの哺乳や、添寝や、夜泣きや、おしっこの始末や、おしめの洗濯でさえも実に睡眠不足と過労とになりがちなものであるのに、一日外で労働して疲労して帰って、翌日はまた託児所にあずけて外出するというようなことで、果して母らしい愛育がで・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・ 日本の兵士が雪に埋れていることが明かになった。背嚢の中についていた記号は、それが、松木と武石の中隊のものであることを物語った。 翌日中隊は、早朝から、烏が渦巻いている空の下へ出かけて行った。烏は、既に、浅猿しくも、雪の上に群がって・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・その日は帰った。その翌日も日取りだったから、翌日もその人はまた吉公を連れて出た。ところが魚というのは、それは魚だからいさえすれば餌があれば食いそうなものだけれども、そうも行かないもので、時によると何かを嫌って、例えば水を嫌うとか風を嫌うとか・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ と、私は森さんに話したが、礼の心は言葉にも尽くせなかった。 翌日になっても、私は太郎と二人ぎりでゆっくり話すような機会を見いださなかった。嫂の墓参に。そのお供に。入れかわり立ちかわり訪ねて来る村の人たちの応接に。午後に、また私は人・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・その時の女房との条約に基いて、店の狐は翌日から姿を隠してしまった。ほかの狐が箱にはいって城下の人形屋から来て、ふたたび店に立ったのはついこの間の事である。今度のは大きさも鼬ぐらいしかないし、顔も少し趣を変えるように注文したのであろうけれど、・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・会の翌日、私はその品物全部を質屋へ持って行った。そうして、とうとう流してしまったのである。 この会には、中畑さんと北さんにも是非出席なさるようにすすめたのだが、お二人とも出席しなかった。遠慮したのかも知れない。あるいは御商売がいそがしく・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 翌日まだ書いている。前日より一層劇しい怒を以て、書いている。いやな事と云うものは、する時間が長引くだけいやになるからである。午頃になって、一寸町へ出た。何か少し食って、黒ビイルを一杯引っ掛けて帰って、また書いている。 ようよう銀行・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫