・・・ と黄八丈が骨牌を捲ると、黒縮緬の坊さんが、紅い裏を翻然と翻して、「餓鬼め。」 と投げた。「うふ、うふ、うふ。」と平四郎の忍び笑が、歯茎を洩れて声に出る。「うふふ、うふふ、うふふふふふ。」「何じゃい。」と片手に猪口を・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・何とかいう芝居で鋳掛屋の松という男が、両国橋の上から河上を流れる絃歌の声を聞いて翻然大悟しその場から盗賊に転業したという話があるくらいだから、昔から似よった考えはあったに相違ない。しかしまた昔はずいぶん人の栄華を見て奮発心を起して勉強した人・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・借りたものは巴里だって返す習慣なのだから、いかな見え坊の細君もここに至って翻然節を折って、台所へ自身出張して、飯も焚いたり、水仕事もしたり、霜焼をこしらえたり、馬鈴薯を食ったりして、何年かの後ようやく負債だけは皆済したが、同時に下女から発達・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・のように、貪婪な伯父が幽霊に脅かされて翻然悔悟し、親切者となるようなことがあるならば、いわばこの世の不幸は不幸といわれないのではないだろうか。ギャングにさらわれ、波瀾の激しい日を送りながらも心の浄い少年が、ついに助け出され巨大な遺産を相続し・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
出典:青空文庫