・・・ しかし、このことは、一般が冷淡なる程、しかく差迫っていない問題であろうか、すでに、社会上の役割を終った老人等が、彼等の老後、貧困に陥り、衣食に窮するに至るとせば、当然、その責をこの社会が負うことを至当とするからである。これについては、・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・そしてそれはその五六年も前吉田の父がその学校へ行かない吉田の末の弟に何か手に合った商売をさせるために、そして自分達もその息子を仕上げながら老後の生活をしていくために買った小間物店で、吉田の弟はその店の半分を自分の商売にするつもりのラジオ屋に・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・何れ老後の厄介を見て貰わねばならない一人息子である。 ところが、またまた、一年よけいに在学しようと云ってきているのだった。預金はとっくの昔に使いつくし、田畑は殆ど借金の抵当に入っていた。こんなことになったのも、結局、為吉がはじめ息子を学・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・十七、老後財宝所領に心なし。十八、神仏を尊み神仏を頼まず。十九、心常に兵法の道を離れず。 男子の模範とはまさにかくの如き心境の人を言うのであろう。それに較べて私はどうだろう。お話にも何もならぬ。われながら呆れて、再び日頃の汚・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ わたくしは既に中年のころから子供のない事を一生涯の幸福と信じていたが、老後に及んでますますこの感を深くしつつある。これは戯語でもなく諷刺でもない。窃に思うにわたくしの父と母とはわたくしを産んだことを後悔しておられたであろう。後悔しなけ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・慾張りでなくっても食べて行けるし、薄情にならなくたって、老後の安心は守られます。そういう条件を、自分たちの生活の中にどういう風に発見して、実現してゆくかということについて熱心に研究し、実行する。そのことが生存本能の現代史の中でのあらわれです・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・ 大伯父はしっかり者で頭の明かな人だったから好い様だったけれ共その夫になくなられて後このクタクタな年中悪酒に酔わされて居る様な頭の大伯母が一人で自分の老後の掛り児をなみなみに仕上げ様とする努力は実に普通の母親が三人子供を仕立てる位のもの・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・江戸へ目を向けたのだろうか。江戸へ老後の安楽を求め、立身出世の道を求めて来たとすれば彼は失敗した。江戸で同じ季吟門下の卜尺の厄介になり、或は幕府の御納屋商人杉山杉風の世話をうけたりした。又幕府の小石川関口の水道工事の役人になって何年か過した・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・ 然しそれなら、恒産も無く、老後を扶養して呉れる縁者もない彼女は、今後某々未亡人として、立つべきどんな生活方針を見出してよいかと云う、実際問題になると、考えは荒漠とした処へ迷い込んで仕舞うらしく見えました。亡夫を愛する彼女は、嘗て一度目・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・人間は目的を持って努力の生活をすれば、自ら身体は強健になり、蓄財も出来、老後は天命を楽しめるのである。「怒るな。働け」と。 今日の生活は、こういう単純な警告に対して、論争はせずに唯笑って過す程、女の社会性は複雑になって来ている。はっきり・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
出典:青空文庫