・・・何でももう老朽の英語の先生だそうで、どこでも傭ってくれないんだって云いますから、大方暇つぶしに来るんでしょう。珈琲一杯で一晩中、坐りこまれるんですから、こっちじゃあんまり難有くもありません。」 これを聞くと共に自分の想像には、咄嗟に我毛・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・領地とばかり、詳細い事は言われない、侯伯子男の新華族を沢山出しただけに、同じく維新の風雲に会しながらも妙な機から雲梯をすべり落ちて、遂には男爵どころか県知事の椅子一にも有つき得ず、空しく故郷に引込んで老朽ちんとする人物も少くはない、こういう・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・のみならずまた火山の噴出は植物界を脅かす土壌の老朽に対して回春の効果をもたらすものとも考えられるのである。 このようにわれらの郷土日本においては脚下の大地は一方においては深き慈愛をもってわれわれを保育する「母なる土地」であると同時に、ま・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・筆を択ばず、どうせ落ちるのだから車の美醜などは構うものかと、あてがわれたる車を重そうに引張り出す、不平なるは力を出して上からウンと押して見るとギーと鳴る事なり、伏して惟れば関節が弛んで油気がなくなった老朽の自転車に万里の波濤を超えて遥々と逢・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・私は近頃ラムの『エッセー・オブ・エリヤ』を取り出して、「老朽者」という一文を読んだ。そしてそれが如何にもよく私の今日の心持を言い表しおるものだと痛く同感した。回顧すれば、私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、そ・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ 学者をして学問の貴きを説かしめたらば、政事の如きは小児の戯にして論ずるに足らざるものなりといい、政事家もまた学問を蔑視して、実用に足らざる老朽の空論なりとすることならんといえども、これはいわゆる双方の偏頗論にして、公平にいえば、政事も・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ヨーロッパの資本主義国の文化の過去と現在の老朽はおどろくべきものだった。本当は、医者にチェッコのカルルスバード鉱泉へ行けと言われたのだが金がなかった。一九三〇年二月「ロンドン印象記」。秋「子供・子供・子供のモスクワ」を送・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・シストとしての活動、日本の小市民家庭、インテリゲンチャの一部の混乱と崩壊、ポーランド、ドイツの労働者へのテロル、帝国主義日本の在外官僚の反ソ的言動、全体として若く建設されつつある新しいソヴェト社会と、老朽しすくいがたい矛盾を偽瞞によってのみ・・・ 宮本百合子 「文学について」
・・・わが骨肉の老朽を自ら感じる者等は活力に溢れ、日々の冒険で世界を拡張させて行く者共に、絶大な期待と信任を覚えたに違いない。彼等は一つ一つに新たな発見をすることが如何程、自分等皆の生活に重大な意義を持っているか、複雑な近代人の持ち得る以上の直覚・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫