・・・一村二十余戸八十歳以上の老齢者五人の中の年長者であるということを、せめてもの気休めとして、予の一族は永久に父に別れた。 姉も老いた、兄も老いた、予も四十五ではないか。老なる問題は他人の問題ではない、老は人生の終焉である。何人もまぬかるる・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・九十の老齢で今なお病を養いつつ女の頭領として仰がれる矢島楫子刀自を初め今は疾くに鬼籍に入った木村鐙子夫人や中島湘烟夫人は皆当時に崛起した。国木田独歩を恋に泣かせ、有島武郎の小説に描かれた佐々木のぶ子の母の豊寿夫人はその頃のチャキチャキであっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ たとえば、屠殺場へ引かれて行く、歩みの遅々として進まない牛を見た時、或は多年酷使に堪え、もはや老齢役に立たなくなった、脾骨の見えるような馬を屠殺するために、連れて行くのを往来などで遊んでいて見た時、飼主の無情より捨てられて、宿無しとな・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・私は、もはや老齢で、すでに手おくれかも知れぬが、いや、しかし私だって、――(口を噤 二 このたびの黄村先生の、武術に就いての座談は、私の心にも深くしみるものがあった。男はやっぱり最後は、腕力にたよるより他は無いものの・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・それでも彼女はくずおれず、しっかりと目をあいて恐ろしい老齢の期節をほこりたかく生きとおした。ナチスの降服した年の五月、ケーテは、どんな思いにもえて、ドレスデンの新緑を眺めただろう。 ケーテ・コルヴィッツの死がつたえられるとニューヨークの・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・と、その様子を眺めながら連れの老齢の男のひとが静かな口調でいった。 私たち女の心は、こういう街頭の情景にふれても、簡単にただ見ては過ぎかねる動きを感じている。新聞は毎日毎日、勇壮無比な形容詞をくりかえして、前線の将士の善戦をつたえている・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・マクシム・ゴーリキイが六十余歳の老齢をもって、去年の革命第十五周年記念祭の時党員となった事実は、私どもの記憶に新たな感銘として印されている。 ところで、これらのプロレタリア新進作家や旧インテリゲンチア作家たちは、それぞれ多種多様な発展の・・・ 宮本百合子 「社会主義リアリズムの問題について」
・・・フランスのブルジョア文学は、その老齢においてさえも、民族の文化の伝統を防衛するために努力をつくしました。ヨーロッパそれぞれの国における進歩的な芸術家たちは、戦争中ファシズムの暴力から民族解放と民主主義を救うために闘ったし、戦後は新しい戦争挑・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・ゴーリキイは間もなくイタリーへ戻り、一九三二年に再びソヴェトへ帰った時には彼は全くロシアで生涯を終る決心をもって帰り、世界的に祝われた文学生活四十年の祝祭を機会にゴーリキイは六十四歳の老齢にも拘らず、その精神力に於て最も若々しい新世界建設者・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
出典:青空文庫