・・・けれども、監獄に抛り込んである首謀者共が、深夜そうっと抜け出して来て、ブン殴っておいて、またこっそりと監房へ帰って、狸寝入りをしている、と云う考えは穿ちすぎていた。けれども、前々からそう云う計画が立てられてあっただろう、とは考えられない事で・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・譬えば、上等の士族が偶然会話の語次にも、以下の者共には言われぬことなれどもこの事は云々、ということあり。下等士族もまた給人分の輩は知らぬことなれども彼の一条は云々、とて、互に竊に疑うこともあり憤ることもありて、多年苦々しき有様なりしかども、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・思うに此英語夫婦の者共は、転宅の事を老人に語るも無益なり、到底その意に任せて左右せしむ可き事に非ずとて、夫婦喃々の間に決したることならんなれども、是れぞ所謂老人の口腹を養うを知て其情を養うの道を知らざる者なり。不敬不埒と言うよりも常識を失う・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ そう云う癖は一体に少し文学などをかじりかけた中年の男女が、自分より若い者共に何か云いきかせたりひやかしたりする時に出る。 その人の品格を下げると同時に、「なあんの事だ とその話全体をけ落して見させてしまう。 気をつける・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・栄蔵は、絶えず激しい不安におそわれて、自分の居る部屋の隅々、床の下、夜着のかげに、額に三角をつけた亡者共が、蚊の様な声をたてて居る様に感じて居た。田舎医者は、四肢の運動神経に故障の出来たわけが分らなかった。 今日はよかろう、明日はよかろ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 同じ手の力を持ち、顔の輝きを持つ者共と互して、夜は燈の明るい賑いの中に、昼は、自分の好きな事ばかりをして居るのを知った時の悲しみは如何ばかりで有ろう。 親を顧みぬ。 何故に? 我身のいとしさ故。 我に換うべきものはない・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・ジイドは自分の論敵が「秩序の愛と暴君の趣味を混同する」者共であることは自覚している。そやつ等に対して誠実、真実を語らんとする自分に、自尊心などということは問題にならぬと「一粒の麦もし死なずば」時代のような勇気を示しているのだが、今日の社会事・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ミーダ 夢中になって転がり出した者共が、又そろそろ棟のずった家へ家へと這込むな。慾に駆られろ! 命のたきつけをうんと背負いこめ!――面白い! 互の荷物がかち合って、動きのとれない様はどうだ。そら擲れ、他人なんぞは押しのけろ!カラ あ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 此の不意の出来事には、彼地で家庭を持ち死ぬまでを暮す積りで居るのだと予想して居た多くの者共を非常に喫驚させた。「まあよくお帰りになった。と云う一句は実に種々な意味を以て囁かれたのであった。 彼は只帰り度く成って帰っ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 生活の基礎が、ぐらついている不安、家族の者共に対する愛情、真当な何物かに対する憧憬等が、彼には一つ一つこういう風な区別をつけられていないだけ、それだけ混雑したひとしお悩ましい心持になって、彼等の言葉で云う心配負けにとっつかれた状態にあ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫