・・・ 大学教授連盟とかいう自分にはあまり耳慣れない名前の団体から、このような芝居は教育界の神聖を汚すものだと言って厳重な抗議があったので、それに義理を立てるためにこのアーメンを付加したのだといううわさがある。これも後世の参考と興味のために記・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・明りを消して寝ようとしていると窓外に馬の蹄の音とシャン/\/\という耳馴れぬ鈴の音がする。カーテンを上げて覗いてみると、人気のない深夜の裏通りを一台の雪橇が辷って行く、と思う間もなく、もう町のカーヴを曲って見えなくなってしまった。 子供・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・右手のほうでひいているメロディだけを聞くとそれは前から耳慣れた「春の歌」であるが、どうかして左手ばかりの練習をしているのを幾間か隔てた床の中で聞いていると、不思議に前の書中の幻影が頭の中によみがえって来て船戦の光景や、セント・オラーフの奇蹟・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・それでラジオで耳馴れた人の声を聞くと、その声が直ちにその人の顔の視像を呼出して来て合体する。そこで始めてその言葉の意味が明らかになるのであろうと思われる。日常接している人だと、いちばん最初に咽喉を掃除するための「エー」という発声を聞いただけ・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・然しこれとても、東京の市街は広いので、わたくしが牛込辺で物めずらしく思った時には、他の町に在っては既に早く耳馴れたものになっていたかも図られない。 凡門巷を過行く行賈の声の定めがたきは、旦暮海潮の去来するにもたとえようか。その興るに当っ・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・ 個々の作家が、それならば、どのようにして今日の人間性、大衆の生活感情を作品に反映してゆき得るかと云う点になると、答はまことに平凡な、耳馴れた、既に十分知られている数語で表現されるであろう。それは、作家自身の生活の大衆化であり、作家自身・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・ ちょうど、絶えまなく溢れ出していた窓下の噴水が、急にパタリと止まってしまったときに感じる通りの心持――何でもなく耳馴れていたお喋り、高い笑声が聞えない今となると、たまらなく尊い愛くるしい響をもって、記憶のうちに蘇返るのである。 ど・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・と云うその声が耳馴れているので、顔を見れば、蔀君であった。蔀君も同時に僕の顔を見附けた。「やあ。お出なさいましたか。まだ飾磨屋さんを御存じないのでしたね。一寸御紹介をしましょう」 こう云って蔀君は先きに立って、「御免なさい、御免なさ・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫