・・・僕はどう云う芸術家も脱却出来ない「店」を考え、努めて話を明るくしようとした。「上海は東京よりも面白いだろう。」「僕もそう思っているがね。しかしその前にもう一度ロンドンへ行って来なければならない。……時にこれを君に見せたかしら?」・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ 又 わたしは三十歳を越した後、いつでも恋愛を感ずるが早いか、一生懸命に抒情詩を作り、深入りしない前に脱却した。しかしこれは必しも道徳的にわたしの進歩したのではない。唯ちょっと肚の中に算盤をとることを覚えたからである。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ようやく昨今この傾向からの脱却が獲得されはじめたくらいのものである。 これは明治維新以来の欧化趨勢の一般的な時潮の中にあったものであり、自覚的には、思想的・文化的水準の低かった日本の学者や、思想家としてはやむをえない状態でもあったのであ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・しかし映画が単なる複製の技術としてのただの活動写真というだけの境界から脱却して、それ自身の独自な領域を自覚するようになり、創作の新しいミリューとして発見されると同時に行なわれはじめた映画制作の方法がすなわちこのモンタージュである。言わば映画・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 津田君といえども伝習の羈絆を脱却するのは困難である。あるいは支那人や大雅堂蕪村やあるいは竹田のような幻像が絶えず眼前を横行してそれらから強い誘惑を受けているように見える。そしてそれらに対抗して自分の赤裸々の本性を出そうとする際に、従来・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 第三十八段、名利の欲望を脱却すべきを説く条など、平凡な有りふれの消極的名利観のようでもあるが、しかしよく読んでみると、この著者の本旨は必ずしも絶対に名利を捨てよというのではなく、「真の名利」を求めるための手段として各人の持つべき心掛け・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ あらゆる記事がこれらの欠点を脱却して非常に理想的にできたとした上で、それをわれわれが日刊新聞によって朝夕に知る事がどれだけ必要かというのが現在の問題である。それが必要でないという事になれば、ましてや不完全不真実な記事を毎日あわただしく・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・を賤しい業として手を触れなかったのに反して、前者がそういう偏見を脱却して、ほんとうの意味のエキスペリメントを始めた点にあると思われる。ガリレー、トリツェリ、ヴィヴィアニ、オットー・フォン・ゲーリケ、フック、ボイルなどといったような人がはなは・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・た前に述べたこともあるとおり、かくして不合格になったものを仮想的第二次前句と見立ててこれに対する付け句を求め、それでもいけなければこれに対する第三次の付け句を求め、漸次かくのごとくして打ち越しの遺伝を脱却すればよいわけであろう。しかし自由に・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・露店で食う豚の肉の油揚げは、既に西洋趣味を脱却して、しかも従来の天麩羅と抵触する事なく、更に別種の新しきものになり得ているからだ。カステラや鴨南蛮が長崎を経て内地に進み入り、遂に渾然たる日本的のものになったと同一の実例であろう。 自分は・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫