・・・つぐみとしじゅうからとが枯枝をわたってしめやかなささ啼きを伝えはじめた。腐るべきものは木の葉といわず小屋といわず存分に腐っていた。 仁右衛門は眼路のかぎりに見える小作小屋の幾軒かを眺めやって糞でも喰えと思った。未来の夢がはっきりと頭に浮・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・もう雪も解け出しそうなものだといらいらしながら思う頃に、又空が雪を止度なく降らす時などは、心の腐るような気持になることがないではないけれど、一度春が訪れ出すと、その素晴らしい変化は今までの退屈を補い尽してなお余りがある。冬の短い地方ではどん・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・柳の、日に蒸されて腐る水草のがする。ホテルからは、ナイフやフォオクや皿の音が聞える。投げられた魚は、地の上で短い、特色のある踊をおどる。未開人民の踊のような踊である。そして死ぬる。 小娘は釣っている。大いなる、動かすべからざる真面目の態・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・ろぼろ打つでしゅ、泡ほどの砂の沫を被って転がって遁げる時、口惜しさに、奴の穿いた、奢った長靴、丹精に磨いた自慢の向脛へ、この唾をかッと吐掛けたれば、この一呪詛によって、あの、ご秘蔵の長靴は、穴が明いて腐るでしゅから、奴に取っては、リョウマチ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「急がなくたって、何もこれ、早くくれてしまわなきゃ腐るてえものでもねえんだからな」「当り前さ、夏のお萩餅か何ぞじゃあるまいし……ありようを言うとね、娘もまだ年は行ってても全小姐なんだから、親ももう少し先へなってからの方が望みなんかも・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・けれども、強い体当りをしたなら、それだけ強いお言葉をいただけるようでありますから、失礼をかえりみず口の腐るような無礼な言いかたばかり致しました。私は、世界中で、あなた一人を信頼しています。 御返事をいただいてから、ゆっくり旅行でもしてみ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・本当に、此の親しい美しい日本の土を、けだものみたいに無神経なアメリカの兵隊どもが、のそのそ歩き廻るなど、考えただけでも、たまらない、此の神聖な土を、一歩でも踏んだら、お前たちの足が腐るでしょう。お前たちには、その資格が無いのです。日本の綺麗・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ 床下の通風をよくして土台の腐朽を防ぐのは温湿の気候に絶対必要で、これを無視して造った文化住宅は数年で根太が腐るのに、田舎の旧家には百年の家が平気で立っている。ひさしと縁側を設けて日射と雨雪を遠ざけたりしているのでも日本の気候に適応した・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・それは「腐る」のがあると、危険だからであった。 その見廻りは小林がいつでも引き受けていた。が、此場合では小林はその役目を果す事は出来なかった。 時間は、吹雪の夜そのもののように、冷酷に経った。余り帰りが遅くなるので、秋山の長屋でも、・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・○くだものの字義 くだもの、というのはくだすものという義で、くだすというのは腐ることである。菓物は凡て熟するものであるから、それをくさるといったのである。大概の菓物はくだものに違いないが、栗、椎の実、胡桃、団栗などいうものは、くだも・・・ 正岡子規 「くだもの」
出典:青空文庫