・・・ず茶器が其一部を占めている位で、東洋の美術国という日本の古美術品も其実三分の一は茶器である、然るにも係らず、徒に茶器を骨董的に弄ぶものはあっても、真に茶を楽む人の少ないは実に残念でならぬ、上流社会腐敗の声は、何時になったらば消えるであろ・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ そしてまた、楽壇の腐敗した空気に対する挑戦でもあった。かつての音楽家はつねにマネージャーやレコード会社の社員の言いなりになり、誇張していえば、餌食になっていた。音楽家はそれらの人々の私腹を肥すことに努力することによって、辛うじて演奏に・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・その通りに心掛けていたのだが、どういうものか足が早くて水密桃など瞬く間に腐敗した。店へ飾っておけぬから、辛い気持で捨てた。毎日、捨てる分が多かった。といって品物を減らすと店が貧相になるので、そうも行かず、巧く捌けないと焦りが出た。儲も多いが・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 水は生温かったけれど、腐敗しては居なかったし、それに沢山に有る。まだ二三日は命が繋がれようというもの、それそれ生理心得草に、水さえあらば食物なくとも人は能く一週間以上活くべしとあった。又餓死をした人の話が出ていたが、その人は水を飲でいたば・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・渋を抜た柿の腐敗りかかったようなもので、とても近よることは出来ない。妻が自分を面白からず思い気味悪るう思い、そして鬱いでばかりいて、折り折りさも気の無さそうな嘆息を洩すのも決して無理ではない。 これを見るに就けて自分の心は愈々爛れるばか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そこには豚の脂肪や、キャベツや、焦げたパン、腐敗した漬物の臭いなどが、まざり合って、充満していた。そこで働いている炊事当番の皮膚の中へまでも、それ等の臭いはしみこんでいるようだった。「豚だって、鶏だってさ、徴発して来るのは俺達じゃないか・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・そのあたりからは、植物性の物質が腐敗して発する吐き出したいような臭気が立ち上ってきた。最初、彼は、堪えられなかったものだが、日を経るうちに、馴れてきて、さほどに感じなくなった。それに従って、彼の身体には、知らず知らず醤油の臭いがしみこんでき・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・私は、年もまだ若く心も柔らかい子供らの目から、殺人、強盗、放火、男女の情死、官公吏の腐敗、その他胸もふさがるような記事で満たされた毎日の新聞を隠したかった。あいにくと、世にもまれに見る可憐な少年の写真が、ある日の紙面の一隅に大きく掲げてあっ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・落下、落下、死体は腐敗、蛆虫も共に落下、骨、風化されて無、風のみ、雲のみ、落下、落下――。など、多少、いやしく調子づいたおしゃべりはじめて、千里の馬、とどまるところなき言葉の洪水、性来、富者万燈の御祭礼好む軽薄の者、とし甲斐もなく、夕食の茶・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫