・・・ 彼等は、腹癒せに戸棚に下駄を投げつけたり、障子の桟を武骨な手でへし折ったりした。この秋から、初めて、十六で働きにやって来た、京吉という若者は、部屋の隅で、目をこすって、鼻をすゝり上げていた。彼の母親は寡婦で、唯一人、村で息子を待ってい・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ せめてもの腹癒せに、鉱石をかくしてやりたかった。 女達は、彼の背後で、ガッタン/\鉱車へ鉱石を放りこんでいた。随分遠くケージから離れて来たもんだ。普通なら、こゝらへんで掘りやめてもいゝところだ。喋べくりながら合品を使っていた女達が、不・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 私とても、言葉の上の皮肉や、自分の行李を放り込む腹癒せ位で、此事件の結末に満足や諦めを得ようとは思っていなかった。 ――一生涯! 一生涯、俺は呪ってやる、たといどんなに此先の俺の生涯が惨めでも、又短かくても、俺は呪ってやる。やっつ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ それにつけても、同志藤森、林によって腹癒せ風に個人的非難が加えられたのみで、論文の基本的な点にふれての科学的究明による批判がいささかもなされなかったことは、遺憾である。何故ならば、「一連の非プロレタリア的作品」についてのみならず、われ・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・ お石は、何かにつけて金を貰って来なかったことを引合いに出して、子供がちょっと物をねだることまで皆彼女の腹癒せの材料にされたのである。「汝等あまでたかってからに、こげえな貧乏おっかあをひでえ目に会わせくさる! あんでも父っちゃん・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫