・・・頸細くして腹大きに脹れ、色黒うして足手細し。人にして人に非ず。」と云うのですが、これも大抵は作り事です。殊に頸が細かったの、腹が脹れていたのと云うのは、地獄変の画からでも思いついたのでしょう。つまり鬼界が島と云う所から、餓鬼の形容を使ったの・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・さて肝腎の相手はと見ると、床の前を右へ外して、菓子折、サイダア、砂糖袋、玉子の折などの到来物が、ずらりと並んでいる箪笥の下に、大柄な、切髪の、鼻が低い、口の大きな、青ん膨れに膨れた婆が、黒地の単衣の襟を抜いて、睫毛の疎な目をつぶって、水気の・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ と雲の峰の下に、膚脱、裸体の膨れた胸、大な乳、肥った臀を、若い奴が、鞭を振って追廻す――爪立つ、走る、緋の、白の、股、向脛を、刎上げ、薙伏せ、挫ぐばかりに狩立てる。「きゃッ。」「わッ。」 と呼ぶ声、叫ぶ声、女どもの形は、黒・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・――ほかに鮟鱇がある、それだと、ただその腹の膨れたのを観るに過ぎぬ。実は石投魚である。大温にして小毒あり、というにつけても、普通、私どもの目に触れる事がないけれども、ここに担いだのは五尺に余った、重量、二十貫に満ちた、逞しい人間ほどはあろう・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ぎしぎしと音がして、青黄色に膨れた、投機家が、豚を一匹、まるで吸った蛭のように、ずどうんと腰で摺り、欄干に、よれよれの兵児帯をしめつけたのを力綱に縋って、ぶら下がるように楫を取って下りて来る。脚気がむくみ上って、もう歩けない。 小児のつ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶の間から出た婦は、下膨れの色白で、真中から鬢を分けた濃い毛の束ね髪、些と煤びたが、人形だちの古風な顔。満更の容色ではないが、紺の筒袖の上被衣を、浅葱の紐で胸高にちょっと留めた甲斐甲斐しい女房ぶり。些・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――前刻も前刻、絵馬の中に、白い女の裸身を仰向けにくくりつけ、膨れた腹を裂いています、安達ヶ原の孤家の、もの凄いのを見ますとね。」「ああ、さぞ、せいせいするだろう。あの女は羨しいと思いますと、お腹の裡で、動くのが、動くばかりでなくな・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ ――足が地脹れをしている。その上に、噛んだ歯がたのようなものが二列びついている。脹れはだんだんひどくなって行った。それにつれてその痕はだんだん深く、まわりが大きくなって来た。 あるものはネエヴルの尻のようである。盛りあがった気味悪・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・――日なたの匂いを立てながら縞目の古りた座布団は膨れはじめた。彼は眼を瞠った。どうしたのだ。まるで覚えがない。何という縞目だ。――そして何という旅情…… 以前住んだ町を歩いて見る日がとうとうやって来た。彼は道々、町の名前が変わっては・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・マントの下に買物の包みを抱えて少し膨れた自分の影を両側の街燈が次には交互にそれを映し出した。後ろから起って来て前へ廻り、伸びて行って家の戸へ頭がひょっくり擡ったりする。慌しい影の変化を追っているうちに自分の眼はそのなかでもちっとも変化しない・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
出典:青空文庫