・・・ 御厨子の前は、縦に二十間がほど、五壇に組んで、紅の袴、白衣の官女、烏帽子、素袍の五人囃子のないばかり、きらびやかなる調度を、黒棚よりして、膳部、轅の車まで、金高蒔絵、青貝を鏤めて隙間なく並べた雛壇に較べて可い。ただ緋毛氈のかわりに、敷・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・入かわりて、膳部二調、おりく、おその二人にて運び、やがて引返す。撫子、銚子、杯洗を盆にして出で、床なる白菊を偶と見て、空瓶の常夏に、膝をつき、ときの間にしぼみしを悲む状にて、ソと息を掛く。また杯洗を見て、花を挿直し、猪口にて水を注ぎ入れ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ 三味線をいれた小型のトランク提げて電車で指定の場所へ行くと、すぐ膳部の運びから燗の世話に掛る。三、四十人の客にヤトナ三人で一通り酌をして廻るだけでも大変なのに、あとがえらかった。おきまりの会費で存分愉しむ肚の不粋な客を相手に、息のつく・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・と差出したのは封紙のない手紙である、大友は不審に思い、開き見ると、前略我等両人当所に於て君を待つこと久しとは申兼候え共、本日御投宿と聞いて愉快に堪えず、女中に命じて膳部を弊室に御運搬の上、大いに語り度く願い候神崎朝田・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 按摩済む頃、袴を着けたる男また出で来りて、神酒を戴かるべしとて十三、四なる男の児に銚子酒杯取り持たせ、腥羶はなけれど式立ちたる膳部を据えてもてなす。ここは古昔より女のあることを許さねば、酌するものなどすべて男の児なるもなかなかにきびき・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・きのこずくめの膳部にてことごとく閉口す。 十六日、朝いと早く暗き内に出で、沼宮内もつつと抜けて、一里ばかりにて足をいため、一寸余りの長さの「まめ」三個できければ、歩みにくきことこの上なけれど、休みもせず、ついに渋民の九丁ほど手前にて水飲・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・しかし従僕が膳部を下げにはいって見ると、急に心臓麻痺を起していたので、急いで夫人を呼んで来た。それから間もなくもうすべてが終ってしまった。 葬式はターリングで行われた。キングは名代を遣わして参列させ、その他ケンブリッジ大学や王立協会の主・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・ 饗応に相判などはなかった。膳部を引く頃に、大沢侍従、永井右近進、城織部の三人が、大御所のお使として出向いて来て、上の三人に具足三領、太刀三振、白銀三百枚、次の三人金僉知らに刀三腰、白銀百五十枚、上官二十六人に白銀二百枚、中官以下に鳥目・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫