・・・こういう疑問が自ずから起らぬを得ないのである。吾人が通例取り扱っている物質の質量なるものはその物の速度如何によって変らない。しかるに荷電体の電磁的質量は速度よって変るものである。今電子の質量が純粋な電磁的のものかあるいは一部分は速度に無関係・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・そのうちに生徒の方でも実験というものの性質がだんだん分って来ようし、教員の真価も自ずから明らかになろうと思う。そういう事を理解するだけでもその効能はなかなか大きいものであろう。これに反して誤った傾向に生徒を導くような事があっては生徒の科学的・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・この点において人間以外のものを取扱う場合とは自ずから異なる取扱い方の区別が生じる。第一の方法では材料になっている人間――無論それは他人と限った事はない、自分でもいい――をその外部に現われた行為や言語のみによって叙述して、その人間の能知者たる・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・楽して何ぞ知らん鬢華らんと欲するを隔レ水唯開川口店 水を隔てて唯だ開く川口の店背レ空鎖葛西家 を背にして空しく鎖す葛西の家紅裙翠黛人終老 紅裙翠黛 人は終に老い冷※ 路は自ずからし憔悴一般楊柳在 憔悴・・・ 永井荷風 「向嶋」
人間の腹より生まれ出でたるものは、犬にもあらずまた豕にもあらず、取りも直さず人間なり。いやしくも人間と名の附く動物なれば、犬豕等の畜類とは自ずから区別なかるべからず。世人が毎度いう通りに、まさしく人は万物の霊にして、生まれ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
一人の教育と一国の教育とは自ずから区別なかるべからず。一人の教育とは、親たる者が我が子を教うることなり。一国の教育とは、有志有力にして世の中の事を心配する人物が、世間一般の有様を察して教育の大意方向を定め、以て普く後進の少年を導くこと・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・即ち家の外の道徳という義にして、家族に縁なく、広く社会の人に交わるに要用なるものにして、かの居家の道徳に比すれば、その働くところを異にするが故に、その重んずる所もまた自ずから相異ならざるを得ず。 例えば私有の権というが如きは、戸外におい・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 母の書を思い遣る時、自ずから、彼女の胸を満たす、無限に静穏な感謝が、鎮まった夜の空気に幽にも揺曳して、神の眠りに入った額へ、唇へ漂って行きそうな心持がした。 愛する者よ、我が愛するものよ、 斯う呼ぶ時、自分は彼という一つの明か・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・発展の為に生きること、その道の上に生じる闘いと、憩いと、憤り、悲しみ、喜び、一切の事象と情熱とは、とりも直さず生きてゆく必然の政治そのものからの照りかえしであり、人民の胸に燃える表現の欲望は、それらを自ずから物語ることで先ず文学の一歩を踏み・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・などという伊藤氏の理解について、第三者には自ずから明かである。その見方の誤りやそういう人間の見方そのものにあらわれている筆者の感情、偏執その他についてここでくどくどとふれる必要はないと思う。私はこの機会に月評の中で述べたいと思って枚数の足り・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
出典:青空文庫