一 パーロの嫁取り 北極探検家として有名なクヌート・ラスムッセンが自ら脚色監督したもので、グリーンランドにおけるエスキモーの生活の実写に重きをおいたものらしいので、そうした点で興味の深い映画である。グリー・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・しかしながら犠牲の種類も一ではない。自ら進んで自己を進歩の祭壇に提供する犠牲もある。――新式の吉田松陰らは出て来るに違いない。僕はかく思いつつ常に世田ヶ谷を過ぎていた。思っていたが、実に思いがけなく今明治四十四年の劈頭において、我々は早くも・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ それを、いま自分が、争議中の一切の恨を水に流して、自ら貰い下げに行くことは、どれだけ彼らに大きな影響を与えることだろう。 まだ組合なんか無かった頃の、皆可愛い子分達の中心に、大きく坐って、祝杯などを挙げた当時のことなどが、彼に甦っ・・・ 徳永直 「眼」
・・・彼は何故に賤業婦を愛するかという理由を自ら解釈して、道徳的及び芸術的の二条に分った。道徳的にはかつて『見果てぬ夢』という短篇小説中にも書いた通り、特種の時代とその制度の下に発生した花柳界全体は、最初から明白に虚偽を標榜しているだけに、その中・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・然し彼は何事に就いても少しの意見もなければ自ら差し出てどうということもない。気に入らぬことがあれば独でぶつぶつと怒って居る。そうした時は屹度上脣の右の方がびくびくと釣って恐ろしい相貌になる。彼の怒は蝮蛇の怒と同一状態である。蝮蛇は之を路傍に・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・その時わが精神の発展が自個天然の法則に遵って、自己に真実なる輪廓を、自らと自らに付与し得ざる屈辱を憤る事さえある。 精神がこの屈辱を感ずるとき、吾人はこれを過去の輪廓がまさに崩れんとする前兆と見る。未来に引き延ばしがたきものを引き延ばし・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
余は真宗の家に生れ、余の母は真宗の信者であるに拘らず、余自身は真宗の信者でもなければ、また真宗について多く知るものでもない。ただ上人が在世の時自ら愚禿と称しこの二字に重きを置かれたという話から、余の知る所を以て推すと、愚禿・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・それ故にこそ、彼の最後の書物に標題して、自ら悲壮にも Ecce homoと書いた。Ecce homo とは、十字架に書きつけられた受難者キリストの標語であつた。ニイチェの意味に於ては、それがキリストに叛逆する標語であつた。あの中世紀の魔教サ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 船長が、自ら舵器を振り、自ら運転した。 にも拘らず、泰然として第三金時丸は動かなかった。彼女は「勝手」に、ブラついた。 日本では大騒ぎになった。――尤も、船会社と、船会社から頼まれた海軍だけだったが―― やがて、彼女が・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・或は百姓が年貢を納め町人が税を払うは、即ち国君国主の為めにするものなれば、自ら主君ありと言わんか。然らば即ち其年貢の米なり税金なり、百姓町人の男女共に働きたるものなれば、此公用を勤めたる婦人は家来に非ず領民に非ずと言うも不都合ならん。詰る所・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫