・・・食っているくらいのことはたいしたことでもなし、またそれくらいのことは、兄のいかにも自信のあるらしい創作を書いても儲かりそうなものだと思ったのだ。「もっとも今も話したようなわけで、破産騒ぎまでしたあげくだから、取引店の方から帳簿まで監督さ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・彼はだんだん自信を失ってゆく。もはや自分がある「高さ」にいるということにさえブルブル慄えずにはいられない。「落下」から常に自分を守ってくれていた爪がもはやないからである。彼はよたよたと歩く別の動物になってしまう。遂にそれさえしなくなる。絶望・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・輪廓といい、陰影といい、運筆といい、自分は確にこれまで自分の書いたものは勿論、志村が書いたものの中でこれに比ぶべき出来はないと自信して、これならば必ず志村に勝つ、いかに不公平な教員や生徒でも、今度こそ自分の実力に圧倒さるるだろうと、大勝利を・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・愛と情熱と自信とをもってすればできないことはない。現に私は学生時代に、修身教育しか知らなかった愛人を、ゴッホや、ベルグソンがわかり、ロダンの「接吻」にいやな顔をしないところまで、一年間で教えこんでしまった。およそ青年学生時代に恋を語り合うと・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 以前に、自分が使っていた独楽がいいという自信がある健吉は、「阿呆云え、その独楽の方がえいんじゃがイ!」と、なぜだか弟に金を出して独楽を買ってやるのが惜しいような気がして云った。「ううむ。」 兄の云うことは何事でも信用する藤・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・すべて自信がもてない。ものをハッキリ決めれない、なぜか、そうきめるとそれが変になってしまうように思われた。 ……龍介は今暗がりへ身を寄せたとき、犬より劣っている自分を意識した。 三 龍介は歩きながら、やはり友だち・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ と多少、自信に似たものを得て、まえから腹案していた長い小説に取りかかった。 昨年、九月、甲州の御坂峠頂上の天下茶屋という茶店の二階を借りて、そこで少しずつ、その仕事をすすめて、どうやら百枚ちかくなって、読みかえしてみても、そんなに悪い・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・ この仕事を仕遂げるために必要であった彼の徹底的な自信はあらゆる困難を凌駕させたように見える。これも一つのえらさである。あらゆる直接経験から来る常識の幻影に惑わされずに純理の道筋を踏んだのは、数学という器械の御蔭であるとしても、全く抽象・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・彼らは各々その位置に立ち自信に立って、するだけの事を存分にして土に入り、余沢を明治の今日に享くる百姓らは、さりげなくその墓の近所で悠々と麦のサクを切っている。 諸君、明治に生れた我々は五六十年前の窮屈千万な社会を知らぬ。この小さな日本を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ おど、おどしている女房に、こう云った利平は、先刻までの、自信がすっかりなくなってキョロキョロしていた。 徳永直 「眼」
出典:青空文庫