・・・死なせて下さい、等という言葉は、たいへんいじらしい謙虚な響きを持って居りますが、なおよく、考えてみると、之は非常に自分勝手な、自惚れの強い言葉であります。ひとに可愛がられる事ばかり考えているのです。自分が、まだ、ひとに可愛がられる資格がある・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・その上に自分の通って来た道は自分勝手の道であって、他人にすすめるような道とも思われない。しかしともかくも三十年の学究生活の霞を透して顧みた昔の学生生活の想い出の中には、あるいは一九三四年の学生諸君にも多少の参考になるものがないとも限らない。・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・そしてわれわれがわずかばかりな文明に自負し、万象を征服したような心持になって、天然ばかりか同胞とその魂の上にも自分勝手な箸を持って行くような事をあえてする、それが一段高いところで見ている神様の目にはずいぶん愚かな事に見えはしまいか。ついこん・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・ 世人は自分勝手に自分らの東郷さんの鋳型をこしらえて、そうして理が非でもその型にはまることを要求した。寛容な東郷大将はそうした大衆の期待を裏切って失望させては気の毒だと思って、かなりそのために気をつかっておられたのではないかという気もす・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・もちろんこれは自分等の年輩のものの自分勝手な見方ではあろうが、こうした見方もあるいは現代の俳人に多少の参考にはなるかもしれないと思ったので思い出話のついでに拙ない世迷言を並べてみた次第である。・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・先生の家は先生のフラネルの襯衣と先生の帽子――先生はくしゃくしゃになった中折帽に自分勝手に変な鉢巻を巻き付けて被っていた事があった。――凡てこれら先生の服装に調和するほどに、先生の生活は単純なものであるらしかった。 中・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・他に累を及ぼさざるものが厳として存在していると云う事すら自覚しないで、真の世界だ、真の世界だと騒ぎ廻るのは、交通便利の世だ、交通便利の世だと、鈴をふり立てて、電車が自分勝手な道路を、むちゃくちゃに駆けるようなものである。電車に乗らなければ動・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・他人は蕎麦を食う俺は雑ぞうにを食う、われわれは自分勝手に遣ろう御前は三杯食う俺は五杯食う、というようなそういう事はイミテーションではない。他人が四杯食えば俺は六杯食う。それはイミテーションでないか知らぬが、事によると故意に反対することもある・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・即ち多くは原文を全く崩して、自分勝手の詩形とし、唯だ意味だけを訳している。処が其の両者を読み比べて見るとどうであろう。英文は元来自分には少しおかったるい方だから、余り大口を利く訳には行かぬが、兎に角原詩よりも訳の方が、趣味も詩想もよく分る、・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・何でもなくすらすらと、微笑んで過ぎて行けることを、一々考え、理窟をつけ、いいか悪いかと区別をして、自分勝手に泣いたり憤ったりしている自分は、馬鹿だと思う人もありましょう。 素直な人、おとなしい人、そういう人々に与えられる世間的な快楽や追・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫