・・・ ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 詩を書いていた時分に対する回想は、未練から哀傷となり、哀傷から自嘲となった。人の詩を読む興味もまったく失われた。眼を瞑ったようなつもりで生活というものの中へ深入りしていく気持は、時としてち・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・三日間尾行するよりほかに物一つ言えなかった弱気のために自嘲していた豹一の自尊心は、紀代子からそんな態度に出られて、本来の面目を取り戻した。ここでおどおどしては俺もお終いだと思うと、眼の前がカッと血色に燃えて、「用って何もありません。ただ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・有力な味方として人間にかぶせていた偽善のヴェールをひきさく反抗のメスの文学であろうか、それとも、与謝野晶子、斎藤茂吉の初期の短歌の如く新感覚派にも似た新しい官能の文学であろうか、あるいは頽廃派の自虐と自嘲を含んだ肉体悲哀の文学であろうか、肉・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・自分もまたその一人かと、新吉の自嘲めいた感傷も、しかしふと遠い想いのように、放心の底をちらとよぎったに過ぎなかった。 ただ、ぼんやりと坐っていた。うとうとしていたのかも知れない。電車のはいって来た音も夢のように聴いていた。一瞬あたりが明・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ そう自嘲しながら、難波で南海電車を降り、市電の通りを越えて戎橋筋の闇市を、雑閙に揉まれて歩いていたが、歌舞伎座の横丁の曲り角まで来ると、横丁に人だかりがしている。街頭博奕だなと直感して横丁へ折れて行くと果して、「さア張ったり張った・・・ 織田作之助 「世相」
・・・の中でさまざまな人間のいやらしさを書いて来た作者が、あの妹を見てはじめて清純なものに触れたという一種の自嘲だ。が、こんな自嘲はそもそも甘すぎて、小説の結びにはならない。「世相」は書きつづけるつもりだ。「競馬」もあれで完結していない。あのあと・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・ 話し手の男は自分の話に昂奮を持ちながらも、今度は自嘲的なそして悪魔的といえるかも知れない挑んだ表情を眼に浮かべながら、相手の顔を見ていた。「どうです。そんな話は。――僕は今はもう実際に人のベッドシーンを見るということよりも、そんな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・そうして、けッと自嘲した。二十四歳にしては、流石に着想が大人びている。「あたし、もう、結末が、わかっちゃった。」次女は、したり顔して、あとを引きとる。「それは、きっと、こうなのよ。博士が、そのマダムとわかれてから、沛然と夕立ち。どうりで・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・殆んど破れかぶれに其の布を、拡げて、さあ、なんぼだ、なんぼだと自嘲の笑を浮べながら値を張らせて居ました。頽廃の町なのであります。町へ出て飲み屋へ行っても、昔の、宿場のときのままに、軒の低い、油障子を張った汚い家でお酒を頼むと、必ずそこの老主・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ このごろだんだん、自分の苦悩について自惚れを持って来た。自嘲し切れないものを感じて来た。生れて、はじめてのことである。自分の才能について、明確な客観的把握を得た。自分の知識を粗末にしすぎていたということにも気づいた。こんな男を、いつま・・・ 太宰治 「一日の労苦」
出典:青空文庫