・・・そうして、この重大閣議を終ってから床屋で散髪している○相のどこかいつもより明るい横顔と、自宅へ帰って落着いて茶をのんでいる特別にこやかな△相の顔とが並んで頼もし気に写し出されている。ここにも緊張の後に来る弛緩の長閑さがあるようである。「試験・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ただ企望する所は、仮令いその子を学校に入るるにもせよ、あるいは自宅にて教うるにもせよ、家の都合次第、今時の勢いにては才学に欠点なき父母も少なからん、あるいは家に教師を雇うべき財ある者も少なからんことなれば、やはり一時の姑息にて、よき学校を撰・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・娘の子なるゆえにとて自宅に居ても衣裳に心を用い、衣裳の美なるが故に其破れ汚れんことを恐れ、自然に運動を節して自然に身体の発育を妨ぐるの弊あり。大なる心得違なり。小児遊戯の年齢には粗衣粗服、破れても汚れても苦しからぬものを着せて、唯活溌の運動・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・捜査のすすむにつれて三鷹の組合の副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、ノートをひらいて、緊急秘密指令三百十一号、三百十八号というものをみせ、あなたのことについては骨を折るとい・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・かの子さんの自宅で会った最後は、もうやがて六七年も前のことになろうか。かの子さんが外国から帰られて程なくのことであったと思う。青山高樹町の家の客間に通され、フランス土産の飾り板などある長椅子のところで、毛糸の部屋着の姿で、そのときは割合永い・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・二三日前の雨のせいで、赤インクは侘しく流れ滲んでいるのであるが、この自宅英語塾主は、それ程の積極性をこの広告の効果に認めていないと見え、よごれた特別広告はそのまま、錆のふいた門の鉄扉の外ではためいている。 四年後のオリンピック東京招・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・十七年の歳月がすぎ、山岸宏の名は山岸敬明とあらためられました。自宅の仏壇に犬養毅の写真が飾ってあり、毎月回向をかかさないそうです。そして、今の民主党の中心的活動家である犬養健に対面する日を楽しみにしているそうです。その山岸敬明が経営している・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
・・・四月二十七日に自宅で切腹した。六十四歳である。松野右京の家隷田原勘兵衛が介錯した。野田は天草の家老野田美濃の倅で、切米取りに召し出された。四月二十六日に源覚寺で切腹した。介錯は恵良半衛門がした。津崎のことは別に書く。小林は二人扶持十石の切米・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・会杜の徽章の附いた帽を被って、辻々に立っていて、手紙を市内へ届けることでも、途中で買って邪魔になるものを自宅へ持って帰らせる事でも、何でも受け合うのが伝便である。手紙や品物と引換に、会社の印の据わっている紙切をくれる。存外間違はないのである・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ 梶は十年も前、自宅の標札をかけてもかけても脱されたころの日のことを思い出した。長くて標札は三日と保たなかった。その日のうちに取られたのも二三あった。郵便配達からは小言の食いづめにあった。それからは固く釘で打ちつけたが、それでも門標はす・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫