・・・「イイエそうではないのでございます、全く自己流で、ただ子供の時から好きで吹き慣らしたというばかりで、人様にお聞かせ申すものではないのでございます、ヘイ」「イヤそうでない、全くうまいものだ、これほど技があるなら人の門を流して歩かないで・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・文人は文人で自己流の文章を尺度にしてキチンと文体を定めたがッたり、実に馬鹿馬鹿しい想像をもッているのが多いから情ないのサ。親父は親父の了簡で家をキチンと治めたがり、息子は息子の了簡で世を渡りたがるのだからね。自己が大能力があッたら乱雑の世界・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・文学というものは、その難解な自然を、おのおの自己流の角度から、すぱっと斬って、その斬り口のあざやかさを誇ることに潜んで在るのではないのか。塵中の人 寒山詩は読んだが、お経のようで面白くなかった。なかに一句あり。 悠悠た・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・発音は自己流でいいかげんのものであるが、およその体裁だけはわかるであろう。フ、プロースチャデイ、バザールノイナ、カランチェー、パジャールノイクルーグルイ、スートキダゾールヌイ、ウ、ブードキスマトリート、ワクルーグ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ずっと後に先生が留学から帰って東京に住まわれるようになってから、ある時期の間は、ずいぶん頻繁に先生のお宅へ押しかけて行って先生のピアノの伴奏で自己流の演奏、しかもファースト・ポジションばかりの名曲弾奏を試みたのであったが、これには上記のよう・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・これも例えば長母音を勝手に二音に数えたり、重母音を自己流に分けたり合したりすると短歌と同じ口調に読めるものが多数にある。この場合は第二句の方が短いからなおさら都合がよいのである。例えば。。 などは十二、五、七、七と切って・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・しかし自分が以下に試みに随筆的に述べてみたいと思う自己流の俳句観のはしがきのような意味で、やはり自己流の俳句源流説を略記して一つには初心読者の参考に供し、また一つには先輩諸家の批評を仰ぎたいと思うのである。 俳句の十七字詩形を歴史的にさ・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・という自己流の定義が正しいと仮定すると、日本における上述の気候学的地理学的条件は、まさにかくのごとき週期的変化の生成に最もふさわしいものだといってもたいした不合理な空想ではあるまいかと思うのである。 同じことはいろいろな他の気候的感覚に・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・を経験した。 工場に働く労働者とまるで伝統が違い感情もちがう多数の富農・中農民は、永年に亙る非人間的生活にうちのめされ、個人的な打算以外の考えかたを持ち合わせていない。「十月」を自己流に考えて得だと思ったから、革命的な貧農と共に、のり越・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・溺れて死ぬまいとする婦人たちは、子供たちをかばいながら、そのためにあがきは一層不自由になり、疲れを早めながら、みんな自己流に水をかいて、やっと水面から顔をあげている。 手記のほとんどすべてが、そういう印象を与える。したがって、目前にもが・・・ 宮本百合子 「『この果てに君ある如く』の選後に」
出典:青空文庫