・・・かそこに大きな理由が無くてはかなわぬ、その理由は何だ、とたずねますと、女房はにこにこ笑いまして、実は、と言い、男性衰微時代が百年前からはじまっている事、これからはすべて女性の力にすがらなければ世の中が自滅するだろうという事、その女性のかしら・・・ 太宰治 「女神」
・・・一重隔て、二重隔てて、広き世界を四角に切るとも、自滅の期を寸時も早めてはならぬ。 去れどありのままなる世は罪に濁ると聞く。住み倦めば山に遯るる心安さもあるべし。鏡の裏なる狭き宇宙の小さければとて、憂き事の降りかかる十字の街に立ちて、行き・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・生きるために自滅してしまったんだ。外に方法がないんだ。 彼女もきっとこんなことを考えたことがあるだろう。「アア私は働きたい。けれども私を使って呉れる人はない。私は工場で余り乾いた空気と、高い温度と綿屑とを吸い込んだから肺病になったん・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・けれ共此頃、彼の心に湧いて居た事々が僅かながら解りかけて来た様な心持で種々考えて見ると、彼の死は非常に平穏な形式に依った一種の自滅ではなかったかと云う事を考えさせられる。 誰も私に云ったのでも注意したのでもない。 けれ共私はそう感じ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・暗く、重く、うごめく姿があるけれども、そこには、「人間は断じて自滅すべきものではない」という彼女の人民的なつよい生活力が燃えさかっている。「渇いている時に水などほしくないといったような嘘まで、わたしにはとても書けそうもないのです。」「煉瓦女・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫