・・・これに煽動された吉田、原、早水、堀部などは、皆一種の興奮を感じたように、愈手ひどく、乱臣賊子を罵殺しにかかった。――が、その中にただ一人、大石内蔵助だけは、両手を膝の上にのせたまま、愈つまらなそうな顔をして、だんだん口数をへらしながら、ぼん・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 監督が丁寧に一礼して部屋を引き下がると、一種の気まずさをもって父と彼とは向かい合った。興奮のために父の頬は老年に似ず薄紅くなって、長旅の疲れらしいものは何処にも見えなかった。しかしそれだといって少しも快活ではなかった。自分の後継者であ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・不機嫌な返事をして、神経の興奮を隠そうとしている。さて黒の上衣を着る。髯を綺麗に剃った顋の所の人と違っている顔が殊更に引き立って見える。食堂へ出て来る。 奥さんは遠慮らしく夫の顔を一寸見て、すぐに横を向いて、珈琲の支度が忙しいというよう・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・(興奮しつつ、びりびりと傘を破く。ために、疵つき、指さき腕など血汐浸――畜生――畜生――畜生――畜生――人形使 ううむ、(幽に呻ううむ、そうだ、そこだ。ちっと、へい、応えるぞ。ううむ、そうだ。まだだまだだ。夫人 これでもかい。これで・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・宿についても飲むも食うも気が進まず、新聞を見また用意の本など出してみても、異様に神経が興奮していて、気を移すことはできなかった。見てきた牛の形が種々に頭に映じてきてどうにもしかたがない。無理に酒を一口飲んだまま寝ることにした。 七日と思・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・が、この晩ぐらい興奮した事は珍らしかった。更ければ更けるほど益々身が入って、今ではその咄の大部分を忘れてしまったが、平日の冷やかな科学的批判とは全く違ったシンミリした人情の機微に入った話をした。二時となり三時となっても話は綿々として尽きない・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・私が、曾て、ロシア人の話を聞いて、感奮した如く、もっとそれよりも、赤裸なる、悲痛な人生に直面して、限りない興奮を感じ、筆を剣にして戦わんとする、斯くの如き真実なる無産派の作家を私は、親愛の眼で眺めずにはいられないのであります。――十月十九日・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・ ある支店長のごときは、旅費をどう工面したのか、わざわざ静岡から出て来て、殆んど発狂同然の状態で霞町の総発売元へあばれ込み、丹造の顔を見た途端に、昂奮のあまり、鼻血を出して、「川那子! この血を啜れ! この血を。おれの血の最後の一滴・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・のだ。その後またちょっと帰ってきては一人生ましたのだ。……がさて、明日からどうして自力でもってこれだけの妻子どもを養って行こうかという当は、やっぱしつかなかった。小僧事件と、「光の中を歩め」の興奮から思いついた継母の手伝いの肥料担ぎや林檎の・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 話し手の男は自分の話に昂奮を持ちながらも、今度は自嘲的なそして悪魔的といえるかも知れない挑んだ表情を眼に浮かべながら、相手の顔を見ていた。「どうです。そんな話は。――僕は今はもう実際に人のベッドシーンを見るということよりも、そんな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫