・・・ こんな事を思いながらお源は洋燈を点火て、火鉢に炭を注ごうとして炭が一片もないのに気が着き、舌鼓をして古ぼけた薬鑵に手を触ってみたが湯は冷めていないので安心して「お湯の熱い中に早く帰って来れば可い。然し今日もしか前借して来てくれないと今・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・それが実にさもうまそうに、ひと口しゃくっては首をゆすり上げ、舌鼓を打って味わっているように見えるのである。そうして浅瀬のせせらぎに腹を洗わせながら、じっとして動かないでいる姿は実に美しいものである。あひるが陸へ上がってよちよち歩くときの格好・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・そうしてその一端を指でつまんで高く空中に吊り下げた真下へ仰向いた自身の口をもって行って、見る間にぺろぺろと喰ってしまって、そうしてさもうまそうに舌鼓をつづけ打った。その時の庫次爺の顔を四十余年後の今朝ありありと思い浮べたのである。どうしてそ・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・むずかしければこそ藤村君は巌頭に立ち、幾万の人は神経衰弱になる、新渡戸先生でさえ神経衰弱である、鮪のさし身に舌鼓を打ったところで解ける問題でない。魚河岸の兄いは向こう鉢巻をもって、勉強家は字書をもってこの問題を超越している。ある人は「粋」の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫