・・・ ――戦死者中福井丸の広瀬中佐および杉野兵曹長の最後はすこぶる壮烈にして、同船の投錨せんとするや、杉野兵曹長は爆発薬を点火するため船艙におりし時、敵の魚形水雷命中したるをもって、ついに戦死せるもののごとく、広瀬中佐は乗員をボートに乗り移・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・荷物用の船倉に蓆を敷いた上に寿司を並べたように寝かされたのである。英語の先生のHというのが風貌魁偉で生徒からこわがられていたが、それが船暈でひどく弱って手ぬぐいで鉢巻してうんうんうなっていた。それでも講義の時の口調で「これではブラックホール・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・わたくしはかつて『夏の町』と題する拙稾に明治三十年の頃には両国橋の下流本所御船倉の岸に浮洲があって蘆荻のなお繁茂していたことを述べた。それより凡十年を経て、わたくしは外国から帰って来た当時、橋場の渡のあたりから綾瀬の川口にはむかしのままにな・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・―― 彼女は三池港で、船艙一杯に石炭を積んだ。行く先はマニラだった。 船長、機関長、を初めとして、水夫長、火夫長、から、便所掃除人、石炭運び、に至るまで、彼女はその最後の活動を試みるためには、外の船と同様にそれ等の役者を、必要とする・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・遠い所を手荒な人足の手で、船艙へ投り込まれ、掴みまわされて運ばれて来るのだから、満足で着く事は今まで殆ど無い。 大抵包装の外が破れて、本の四角は無惨にも、醜くひしゃげたりつぶれたりして居る。 けれども、其の汚れた包みを見た時に先ず思・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫