・・・この目はまず極端な色盲であって現実の世界からあらゆる色彩を奪ってしまう。そうして空間を平面に押しひしいでしまう。そうして、その上にその平面の中のある特別な長方形の部分だけを切り抜いて、残る全部の大千世界を惜しげもなくむざむざと捨ててしまうの・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・全色盲の見た自然はあるいはこんなものだろうかという気がして不愉快であった。 高圧電線の支柱の所まで来ると、川から直角に掘り込んで来た小さな溝渠があった。これに沿うて二条のトロのレールが敷いてあって、二三町隔てた電車通りの神社のわきに通じ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・カメラの目は全色盲だからである。しかし音の音程や音色は実にヴァイタルな重要性をもっている。ソプラノがベースに聞こえたりうぐいすの声が鵞鳥のように聞こえるのでは打ちこわしである。前述のピストルの場合でも音の強度より音色のほうが大切である。近い・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・それで自分は、ちょうど色盲の人に赤緑の色の観念が欠けているように、健康なからだに普通な安易な心持ちを思料する事ができないのではないかと思う事もある。もっとも健康な人は、そういういい心持ちが常態であってみれば、病後ででもない限りやはりそれを安・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・これだけの眼識のないものが人間を写そうと企てるのは、あたかも色盲が絵をかこうと発心するようなものでとうてい成功はしないのであります。画を専門になさる、あなた方の方から云うと、同じ白色を出すのに白紙の白さと、食卓布の白さを区別するくらいな視覚・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・江戸時代の文化の偉大な側面に対して色盲となりつつ、ただその矮小を嘆くということは、この文化に対する正しい態度とは言えない。お城はただその一例であるが、他になおいくらでも例をあげることができよう。たとえば街路樹である。日本の古い都会には街路樹・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・寺田さんはこの色盲、この不感症を療治してくれる。この療治を受けたものにとっては、日常身辺の世界が全然新しい光をもって輝き出すであろう。 この寺田さんから次のような言葉を聞くと、まことにもっともに思われるのである。「西洋の学者の掘・・・ 和辻哲郎 「寺田寅彦」
出典:青空文庫