・・・渡れば鞠子の宿と聞く……梅、若菜の句にも聞える。少し渡って見よう。橋詰の、あの大樹の柳の枝のすらすらと浅翠した下を通ると、樹の根に一枚、緋の毛氈を敷いて、四隅を美しい河原の石で圧えてあった。雛市が立つらしい、が、絵合の貝一つ、誰もおらぬ。唯・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・「きれいだな、眉毛を一つ剃った痕か、雪間の若菜……とでも言っていないと――父がなくなって帰ったけれど、私が一度無理に東京へ出ていた留守です。私の家のために、お京さんに火事場を踏ませて申訳がないよ。――ところで、その嬰児が、今お見受け申す・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・当時の文学傾向がそうであったと云うばかりでなく、また、藤村自身が二十歳を越したばかりの多感な時代にあったというばかりでなく、彼の処女詩集『若菜集』につづく四冊の詩集が、激しい自然への思慕、ロマンティックな自然への没入を示している心理の遠く深・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
出典:青空文庫