・・・一体馬琴は史筆椽大を以て称されているが、やはり大まかな荒っぽい軍記物よりは情緒細やかな人情物に長じておる。線の太い歴史物よりは『南柯夢』や『旬殿実々記』のような心中物に細かい繊巧な技術を示しておる。『八犬伝』でも浜路や雛衣の口説が称讃されて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・現在年寄夫婦が商売しているのだが、土地柄、客種が柄悪く荒っぽいので、大人しい女子衆は続かず、といって気性の強い女はこちらがなめられるといった按配で、ほとほと人手に困って売りに出したのだというから、掛け合うと、案外安く造作から道具一切附き三百・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・子も、孫も、その孫も、幾年代か鉱毒に肉体を侵蝕されてきた。荒っぽい、活気のある男が、いつか、蒼白に坑夫病た。そして、くたばった。 三代目の横井何太郎が、M――鉱業株式会社へ鉱山を売りこみ、自身は、重役になって東京へ去っても、彼等は、ここ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・まったく気がるに、またも二、三円を乱費して、ふと姉を思い、荒っぽい嗚咽が、ぐしゃっと鼻にからんで来て、三十前後の新内流しをつかまえ、かれにお酒をすすめたが、かれ、客の若さに油断して、ウイスキイがいいとぜいたく言った。おや、これは、しっけい、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私はまた東京へ出て来て、荒っぽいすさんだ生活に、身を投じなければならなかった。私の半生は、ヤケ酒の歴史である。 秩序ある生活と、アルコールやニコチンを抜いた清潔なからだを純白のシーツに横たえる事とを、いつも念願にしていながら、私は薄汚い・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・そうだとすれば、新しい躾の根本は、第一に、毎日の荒っぽい生活に、さらわれてしまわないだけの根深い根拠をもつものでなければならないということが分ります。そのように、しっかりした躾は、どこから、生れて来るものでしょうか。 親が子供を躾け・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・ 婆さんは荒っぽい愛惜を現した顔で子供を眺めながら云った。「乗りたいの、やっと辛棒してるんだよ。ね? そうだろう?」「そうさ、今が今まで一緒に行く気でいたんだもの」「又この次のとき行くさ。どうせ一晩泊りだもん――あっちじゃ伯・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ 率直ですこし荒っぽいかもしれないわたしの感想が、散文をかくものからの感想として何かのお役に立つならば幸であると存じます。 中野重治の『斎藤茂吉ノオト』をおもちでしょうか。窪川鶴次郎の『短歌論』をおもちでしょうか。おハガキ頂きませば・・・ 宮本百合子 「歌集『仰日』の著者に」
・・・はためにみれば、そもそも文学をはずれて繁栄している中間小説と、私小説がひとしお煮つまって一種のエッセイ風の作品となっている尾崎一雄の文学とを同列に語ることさえ、謂わば荒っぽいセンスである。「私小説の否定」というきょうの文学のやわたしらずの中・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・菊につられて何心なく裏庭まで入ってしまって、目の前に荒っぽいレール敷の米俵の山を見て私たちは、その米屋にかかわりはないのだが興醒めた気分になって出て来た。 豊島日の出と云えば、小学校の子供が厭世自殺をしたことで一時世間の耳目をひいた町で・・・ 宮本百合子 「この初冬」
出典:青空文庫