・・・石州浜田六万四千石……船つきの湊を抱えて、内福の聞こえのあった松平某氏が、仔細あって、ここの片原五万四千石、――遠僻の荒地に国がえとなった。後に再び川越に転封され、そのまま幕末に遭遇した、流転の間に落ちこぼれた一藩の人々の遺骨、残骸が、草に・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・その第二は樹でありました。荒地に水を漑ぐを得、これに樹を植えて植林の実を挙ぐるを得ば、それで事は成るのであります。事はいたって簡単でありました。しかし簡単ではあるが容易ではありませんでした。世に御し難いものとて人間の作った沙漠のごときはあり・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・丁度焼跡の荒地に建つ仮小屋の間を彷徨うような、明治の都市の一隅において、われわれがただ僅か、壮麗なる過去の面影に接し得るのは、この霊廟、この廃址ばかりではないか。 過去を重んぜよ。過去は常に未来を生む神秘の泉である。迷える現在の道を照す・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の荒地にとぼとぼ歩き出しました。私もまた、丁度その反対の方の、さびしい石原を合掌したまま進みました。 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ バカと荒地だ」「パンフョーロフは、謎ばっかかけるけれど、その終りが、ありゃしない」 細い、確かりした眼付でブリーノフはつづけた。「シロコイエ村に、階級闘争が起らなくちゃ成らなかったべえか。俺にゃ分らん。村のあらかたが富農だ。た・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ そこを過ぎると、人家のない全くの荒地であった。右にも左にも丘陵の迫った真中が一面焼石、焼砂だ。一条細い道が跫跡にかためられて、その間を、彼方の山麓まで絶え絶えについている。ざらざらした白っぽい巌の破片に混って硫黄が道傍で凝固していた。・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・四 その田地――禰宜様宮田が実に感謝すべき御褒美として、海老屋から押しつけられた――は、小高い丘と丘との間に狭苦しく挾みこまれて、日当りの悪い全くの荒地というほか、どこにも富饒な稲の床となり得るらしい形勢さえも認められないほ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・たれが、朝鮮から彼らを満州の荒地へ追いこくったかを! そして、今またその満州へまでやって来ているのは何者であるかを、彼らは知っているのだ。 このファッシズムの報告文学とならんで、『中央公論』に谷譲次の大衆読物、「第二次世界戦争発端」とい・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫