・・・谷中の台地から田端の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。 店の向かって右の狭苦しい入口からすぐに二階へ上がるのであったかと思う。・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・ 暗闇阪を下りつめた角に荒物屋がある。この店はちょうど自分が今の処に移る少し前に新しく出来たそうである。毎日通り掛りに店の様も見れば、また阪の方に開いた裏口の竹垣から家内の模様もいつとなく知られる。主人はもう五十を越した、人の好さそうな・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・ 町の中ほどに大きな荒物屋があって笊だの砂糖だの砥石だの金天狗やカメレオン印の煙草だのそれから硝子の蠅とりまでならべていたのだ。小十郎が山のように毛皮をしょってそこのしきいを一足またぐと店では又来たかというようにうすわらっているのだった・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・ それからいやなものは向うの荒物屋に行きました。その荒物屋というのは、ばけもの歯みがきや、ばけもの楊子や、手拭やずぼん、前掛などまで、すべてばけもの用具一式を売っているのでした。 フクジロがよちよちはいって行きますと、荒物屋のおかみ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・石川は、そのようにしてだんだん××町が開けて行く草分から町の入口――よく小さい別荘地の入口に見るように、半町ばかりの間にかたまって八百屋、荒物屋、食糧品屋から下駄屋まで軒を並べた場所に住んだ。往来の右手の小高いところに木造のコロニアル風の洋・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫