・・・て先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の注文にはかなった訳ですが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで、折角説き落して洋館説に同意して貰ったまではよかっ・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ 朝日の灰の翻れるのを、机の向うへ吹き落しながら読む。顔はやはり晴々としている。 唐紙のあっちからは、はたきと箒との音が劇しく聞える。女中が急いで寝間を掃除しているのである。はたきの音が殊に劇しいので、木村は度々小言を言ったが、一日・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・あなたは手紙をお落しなすったのです。わたくしはお帰りになったあとで気が附きました。その手紙に書いてあった文句はこうでした。「明日のオペラ座の切符手に入り候に付、主人同道お誘いに参り可申候、何卒御待受被下度候。母上様」と云うのでした。お母あ様・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ナポレオンの腹は、猛鳥の刺繍の中で、毛を落した犬のように汁を浮べて爛れていた。「ルイザ、余と眠れ」 だが、ルイザはナポレオンの権威に圧迫されていたと同様に、彼の腹の、その刺繍のような毒毒しい頑癬からも圧迫された。オーストリアの皇女、・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・と仰しゃるもんだから、お目に掛ったその日は木登りをして一番大きな松ぼっくりを落したというような事から、いつか船に乗って海へ行って見たいなんていう事まで、いっちまうと、面白がって聞ていて下すったんです。 時々は夢に見たって色々不思議な話し・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ある朝女房は、玉王を背負うて磯の若布を拾いに出たが、赤児を岩の上にでも落としてはという心配から、砂の上に玉王をおろして、ひとりで若布拾いにかかった。そのすきに鷲が舞いおりて、玉王をさらって飛び去った。母親は「四万の倉の宝に代へて儲けたる子を・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫