・・・まだ気づかわしそうな眼でほほ笑むと、つと蓮葉に男の側へ歩み寄って、「長い事御待たせ申しまして。」と便なさそうに云いました。「何、いくらも待ちゃしない。それよりお前、よく出られたね。」新蔵はこう云いながら、お敏と一しょに元来た石河岸の方へゆっ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ はらりと、やや蓮葉に白脛のこぼるるさえ、道きよめの雪の影を散らして、膚を守護する位が備わり、包ましやかなお面より、一層世の塵に遠ざかって、好色の河童の痴けた目にも、女の肉とは映るまい。 姫のその姿が、正面の格子に、銀色の染まるばか・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 蓮葉に笑った、婦の方から。――これが挨拶らしい。が、私が酔っています、か、お前さんは酔ってるね、だか分らない。「やあ。」 と、渡りに船の譬喩も恥かしい。水に縁の切れた糸瓜が、物干の如露へ伸上るように身を起して、「――御連中・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ と、大きに蓮葉で、「権ちゃん――居るの。」 獣ならば目が二つ光るだろう。あれでも人が居るかと思う。透かして見れば帳場があって、その奥から、大土間の内側を丸太で劃った――――その劃の外側を廻って、右の権ちゃん……めくら縞の筒袖を・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・おその、蓮葉に裏口より入る。駄菓子屋の娘。その 奥様。撫子 おや、おそのさん。その あの、奥様。お客様の御馳走だって、先刻、お台所で、魚のお料理をなさるのに、小刀でこしらえていらしった事を、私、帰ってお饒舌をしました・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・とそう言って、……いきなり鏡台で、眉を落して、髪も解いて、羽織を脱いでほうり出して、帯もこんなに(なよやかに、頭あの、蓮葉にしめて、「後生、内証だよ。」と堅く口止をしました上で、宿帳のお名のすぐあとへ……あの、申訳はありませんが、おなじくと・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・さりとて両親の前に恋を語るような蓮葉はおとよには死ぬともできない。「おとッつさんのおっしゃるのは一々ごもっともで、重々わたしが悪うございますが、おとッつさんどうぞお情けに親不孝な子を一人捨ててください」 おとよはもう意地も我慢も尽き・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と見ていたが、何思ったのか。「待っててや。逃げたらあかんし」と蓮葉に言って、赤い斑点の出来た私の手の甲をぎゅっと抓ると、チャラチャラと二階の段梯子を上って行ったが、やがて、「――ちょんの間の衣替え……」と歌うように言って降りて来たの・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と誰に云ったのだか分らない語を出しながら、いかにも蓮葉に圃から出離れて、そして振り返って手招ぎをして、「源三さんだって云えば、お浪さん。早く出てお出でなネ。ホホわたし達が居るものだから羞しがって、はにかんでいるの。ホホホ、なおおかし・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・どうしても、あなたのとこへ、お嫁に行かなければ、と思いました。蓮葉な事で、からだが燃えるように恥ずかしく思いましたが、私は母にお願いしました。母は、とても、いやな顔をしました。私はけれども、それは覚悟していた事でしたので、あきらめずに、こん・・・ 太宰治 「きりぎりす」
出典:青空文庫