・・・ 空には月があり、ゆっくり歩いていると肩のあたりがしっとり重り、薄ら寒い晩であった。彼等は帰るなり火鉢に手をかざしていると、「どうでござりました」 女将さんが煎茶道具をもって登って来た。「ようようお見やしたか」「顔違・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・―― 何年だったか、兎に角その或る薄ら寒い午後、芥川さんは制服の膝をきちんと折って坐って、ぽつぽつ喋りながら、時々、両肱を張って手を胸の前で合わせては上から下へ押し下げるような風をなすった。 やがて夕方になり、三人はお鮨をたべた。ト・・・ 宮本百合子 「田端の坂」
・・・ 下足場へ下りると、ここは昔ながらの薄ら寒いくらがりで、もと二人いた下足番の爺さんが、きょうは一人で、僅かのはきものの番をしていた。わたしは草履をもって来たんだけれど、と云ったら、じゃあ、下駄はもって行って下さいよ、番号があわなくなると・・・ 宮本百合子 「図書館」
出典:青空文庫