・・・コフスキーは四十年前の婦人と今の婦人との著しい相違を考えると、知識の普及に従って追々は婦人の天才も輩出するようになりはしないか、と云うと、「貴方は予言が御好きのようだが、しかしその期待は少し根拠が薄弱だと思う。単に素養が増し智能が増すと・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・そうして付け焼き刃の文明に陶酔した人間はもうすっかり天然の支配に成功したとのみ思い上がって所きらわず薄弱な家を立て連ね、そうして枕を高くしてきたるべき審判の日をうかうかと待っていたのではないかという疑いも起こし得られる。もっともこれは単なる・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
満員電車のつり皮にすがって、押され突かれ、もまれ、踏まれるのは、多少でも亀裂の入った肉体と、そのために薄弱になっている神経との所有者にとっては、ほとんど堪え難い苛責である。その影響は単にその場限りでなくて、下車した後の数時・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ 上述のごとく、視覚による説が疑わしく、しかも嗅覚否定説の根拠が存外薄弱であるとして、そうして嗅覚説をもう一ぺん考え直してみるという場合に、一番に問題となることは、いかにして地上の腐肉から発散するガスを含んだ空気がはなはだしく希薄にされ・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・実際われわれには暑さ寒さの感覚そのものも記憶は薄弱であるように見える。ただその感覚と同時に経験した色々の出来事の記憶の印銘される濃度が、その時の暑さ寒さの刺戟によって、強調されるのではないかという気がする。そうしてその出来事を想いだす時には・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・の人士の間では消防に関する研究がいろいろ行なわれており、また一方では防火に関する宣伝につとめている向きも決して少なくはないようであるが、それらの研究はまだ決して徹底的とは言い難く、宣伝の効果もはなはだ薄弱であると思われる。 消防当局のほ・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・犬の身に起った不幸な出来事は薄弱な太十の心を掻き乱して畢った。彼は殺すと口には断言した。然し彼の意識しない愛惜と不安とが対手に愁訴するように其声を顫わせた。殺すなといえばすぐ心が落ち付いて唯其犬が不便になったのである。然し対手は太十の心には・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ただ饂飩に逢った時ばかりは全く意志が薄弱だと、自分ながら思うね」「ハハハハつまらん事を云っていらあ」「しかし豆腐屋にしちゃ、君のからだは奇麗過ぎるね」「こんなに黒くってもかい」「黒い白いは別として、豆腐屋は大概箚青があるじゃ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・人格のない作家の作物は、卑近なる理想、もしくは、理想なき内容を与うるのみだからして、感化力を及ぼす力もきわめて薄弱であります。偉大なる人格を発揮するためにある技術を使ってこれを他の頭上に浴せかけた時、始めて文芸の功果は炳焉として末代までも輝・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・如何となれば、もし薄弱なる背景があるだけならば、徒にインデペンデントを悪用して、唯世の中に弊害を与えるだけで、成功はとても出来ないからである。 此処に成功という意味についても説明を要する。また強い背景という事についても説明を要するが、強・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫