・・・そして日曜の朝の礼拝にも、金曜日の夜の祈祷会にも必ず出席して、日曜の夜の説教まで聞きに行くのでした。 他の下宿に移ってまもなくの事でありました、木村が、今夜、説教を聞きに行かないかと言います。それもたって勧めるではなく、彼の癖として少し・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・も一つはたとい多少の無理を含んでいても、進化してきた人間の理想として、男女の結合の精神的、霊的指標として打ち立て、築き守って、行くべきものであるということである。 生命の法則についての英知があって、かつ現代の新生活の現実と機微とを知って・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・どんなことでも、かまわずにさっさと書いて行く、冷たい態度が僕はすきだった。燐光を放っている。短篇を書くならメリメのような短篇を書きたい、よく、そう思った。 ゴーゴリと、モリエール、は、あるときは、トルストイ以上に好きだった。喜劇を書いて・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・そんな工合で互に励み合うので、ナマケル奴は勝手にナマケて居るのでいつまでも上達せぬ代り、勉強するものはズンズン上達して、公平に評すれば畸形的に発達すると云っても宜いが、兎に角に発達して行く速度は中々に早いものであったのです。 併し自修ば・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・来世の迷信から、その妻子・眷属にわかれて、ひとり死出の山、三途の川をさすらい行く心ぼそさをおそれるのもある。現世の歓楽・功名・権勢、さては財産をうちすてねばならぬのこり惜しさの妄執にあるのもある。その計画し、もしくは着手した事業を完成せず、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・見廻りの途中、時々寄っては話し込んで行く赫ら顔の人の好い駐在所の旦那が、――「世の中には恐ろしい人殺しというものがある、詐偽というものもある、強盗というものもある。然し何が恐ろしいたって、この日本の国をひッくり返そうとする位おそろしいものが・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずと強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげな・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・そのうちに、紅と藍色とのまじったものを基調の色素にして瑠璃にも行けば柿色にも薄むらさきにも行き、その極は白にも行くような花の顔がほのかに見えて来る。物数寄な家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるも・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄は、ただ一語、「諦め」ということに過ぎない。その諦めもほんの上っ面のもので、衷心に存する不平や疑惑を拭い去る力のあるものではない。しか・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ この七人の男は二人ずつ並んで行く。その六人の跡から、ただ一人忙しい、不揃な足取で、そのくせ果敢の行かない歩き方で、老人が来る。丈が低く、がっしりしていて、背を真直にして歩いている。項は広い。その上に、直ぐに頭が付いている。背後にだけ硬・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫