・・・ この時こう云う声を挙げたのは表門の前に陣取った、やはり四五人の敵軍である。敵軍はきょうも弁護士の子の松本を大将にしているらしい。紺飛白の胸に赤シャツを出した、髪の毛を分けた松本は開戦の合図をするためか、高だかと学校帽をふりまわしている・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 家を出て、表門の鳥居をくぐると、もう高津表門筋の坂道、その坂道を登りつめた南側に「かにどん」というぜんざい屋があったことはもう知っている人はほとんどいないでしょう。二つ井戸の「かにどん」は知っている人はいても、この「かにどん」は誰も知・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 湯豆腐屋で名高い高津神社の附近には薬屋が多く、表門筋には「昔も今も効能で売れる七福ひえぐすり」の本舗があり、裏門筋には黒焼屋が二軒ある。元祖本家黒焼屋の津田黒焼舗と一切黒焼屋の高津黒焼惣本家鳥屋市兵衛本舗の二軒が隣合せに並んでいて、ど・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・二 上本町七丁目の停留所から、西へ折れる坂道を登り詰めると、生国魂の表門の鳥居がある。 その鳥居をくぐって、神社まで三町の道の両側は、軒並みに露店が並んでいた。 別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷や・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・旱魃を免れた県には、米穀県外移出禁止というような城壁が築かれてはいるが、表門は閉っていても、裏のくゞり戸があいているので、四斗俵ならぬ三斗五升いりの袋ならその門を通過させてもらえるのだと笑っていた。 この頃好景気のある船会社の船長の細君・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ふくらんだ蕾を持った、紅味のある枝へは、手が届く。表門の柵のところはアカシヤが植えてあって、その辺には小使の音吉が腰を曲めながら、庭を掃いていた。一里も二里もあるところから通うという近在の生徒などは草鞋穿でやって来た。 まだ時が早くて、・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 玄関に平伏した田崎は、父の車が砂利を轢って表門を出るや否や、小倉袴の股立高く取って、天秤棒を手に庭へと出た。其の時分の書生のさまなぞ、今から考えると、幕府の当時と同様、可笑しい程主従の差別のついて居た事が、一挙一動思出される。 何・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ ところが駐屯して来た軍隊は、その学校の表門にかけてある看板が、生意気だ、今頃英学塾というような敵性語を教える看板を麗々しくかけておくのは国賊だと、その看板をはずして前の溝川へ投げ込んでしまった。そしてそのあとへ何々部隊と、番号の長い板・・・ 宮本百合子 「結集」
・・・と呼びながらグルッと表門の方へ廻って入って来る。クルッと顔から頭の丸い、疳の強い様な一寸もお母さんには似て居ないらしい。 奥さんがずぼらななりをして居るのに、いつもその子は、きちっとした風をして居た。 ちょくちょく下の妹もつ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 討手の手配りが定められた。表門は側者頭竹内数馬長政が指揮役をして、それに小頭添島九兵衛、同じく野村庄兵衛がしたがっている。数馬は千百五十石で鉄砲組三十挺の頭である。譜第の乙名島徳右衛門が供をする。添島、野村は当時百石のものである。裏門・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫