・・・正に是れ好色男子得意の処にして、甚しきは妻妾一家に同居し、仮令い表面の虚偽にても其妻が妾を親しみ愛して、妻も子を産み、妾も子を産み、双方の中、至極睦じなど言う奇談あり。禽獣界の奇いよ/\奇なりと言う可し。本年春の頃或る米国の貴婦人が我国に来・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・第二にはジネストの奥さんの手紙が表面には法律上と処世上との顧問を自分に託するようであって、その背後に別に何物かが潜んでいるように感じたからである。無論尋常の密会を求める色文では無い。しかしマドレエヌは現在の煩悶を遁れて、過去の記念の甘みが味・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・つい表面の見えや様子や、空々しい詞を交して来たばかりだ。その証拠にお前に見せる物がある。この手紙の一束を見てくれい。(忙がしげに抽斗を開け、一束の手紙を取り出恋の誓言、恋の悲歎、何もかもこの中に書いてはある。己が少しでもそれを心に感じたのだ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・其中には人がいるのには違いないが、表面から見てはどうしても大きな人形としか見えぬ。自分が人形になってしまうというのもあんまり面白くはないような感じがする。併し火葬のように無くなってもしまわず、土葬や水葬のように窮屈な深い処へ沈められるでもな・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 水がじめじめしてその表面にはあちこち赤い鉄の渋が湧きあがり見るからどろどろで気味も悪いのでした。 そのまん中の小さな島のようになった所に丸太で拵えた高さ一間ばかりの土神の祠があったのです。 土神はその島に帰って来て祠の横に長々・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本当に心まで自由でない。若い従妹の傍でそれが一層明かに自覚された。ふき子の内身からは一種無碍な光輝が溢れ出て、何をしている瞬間でもその刹那刹那が若い生命の充実で無意識に過ぎて行・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・この群集の海の表面に現われ見えるのは牛の角と豪農の高帽と婦人の帽の飾りである。喚ぶ声、叫ぶ声、軋る声、相応じて熱閙をきわめている。その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる笑声がおりおり高く起こるかと思うとおりおりまた、とある家の垣根に・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ お松は少し依怙地になったのと、内々はお花のいるのを力にしているのとで、表面だけは強そうに見せている。「わたし開けてよ」と云いさま、攫まえられた袖を払って、障子をさっと開けた。 廊下の硝子障子から差し込む雪明りで、微かではあるが・・・ 森鴎外 「心中」
・・・だが、その表面に一度爪が当ったときは、この湿疹性の白癬は、全図を拡げて猛然と活動を開始した。 或る日、ナポレオンは侍医を密かに呼ぶと、古い太鼓の皮のように光沢の消えた腹を出した。侍医は彼の傍へ、恭謙な禿頭を近寄せて呟いた。「Tric・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ しかもこれらすべては、美しく熟した果物の表面を飾っている柔らかい色づいた表皮のようなものである。その下に美味な果肉がある。すなわち民族全体は、最も小さい子供から最も年長の老人に至るまで、その身ぶり、動作、礼儀などに、自明のこととして明・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫