・・・ 津々浦々到る処、同じ漁師の世渡りしながら、南は暖に、北は寒く、一条路にも蔭日向で、房州も西向の、館山北条とは事かわり、その裏側なる前原、鴨川、古川、白子、忽戸など、就中、船幽霊の千倉が沖、江見和田などの海岸は、風に向いたる白帆の外には・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・川の向う正面はちょうど北浜三丁目と二丁目の中ほどのあたりの、中華料理屋の裏側に当っていて、明けはなした地下室の料理場がほとんど川の水とすれすれでした。その料理場では鈍い電灯の光を浴びた裸かの料理人が影絵のようにうごめいていました。その上は客・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・自分の部屋の西向きの窓は永い間締切りにしてあるのだが、前の下宿の裏側と三間とは隔っていない壁板に西日が射して、それが自分の部屋の東向きの窓障子の磨りガラスに明るく映って、やはり日増に和らいでくる気候を思わせるのだが、電線を鳴らし、窓障子をガ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・他の片側は立派な丈の高い塀つづき、それに沿うて小溝が廻されている、大家の裏側通りである。 今時分、人一人通ろうようは無い此様なところの雪の中を、何処を雪が降っているというように、寒いも淋しいも知らぬげに、昂然として又悠然として田舎の方か・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・今の住居の裏側にあたる二階の窓のところへは、巣をかけに来る蜂があって、それが一昨年も来、去年も来、何か私の家にはよい事でもある前兆のように隣近所の人たちから騒がれたこともある。末子はその窓の見える抜け道を通っては毎日学校のほうから帰って来た・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・並んだ石垣と桑畠との見える小高い耕地の上の方には大手門の残ったのが裏側から望まれた。先生はその高い瓦屋根を高瀬に指して見せた。初めて先生が小諸へ移って来た時は、その太い格子の嵌った窓と重い扉のある城門の楼上が先生の仮の住居であったという話を・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・一刻も早く修理したくて、まだ空襲警報が解除されていないのに、油紙を切って、こわれた跡に張りつけましたが、汚い裏側のほうを外に向け、きれいなほうを内に向けて張ったので、妻は顔をしかめて、あたしがあとで致しますのに、あべこべですよ、それは、と言・・・ 太宰治 「春」
・・・片側は滑かであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵のような縞目が目立って見える。しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目が見える。この縞はたぶん紙を漉く時に繊維を沈着させる簾の痕跡であろうが、裏側の・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・そこにかえって「裏側から見た戦争」というものがわりによく出ているようである。こういう所のおもしろみはやはり映画にのみ可能なものであろう。そうして、言葉の説明でつかまえようとするとふいと消えてしまう不思議なかげろうのようなものである。それでい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これは考えてみると我がM君の説を裏側から云ったもののように思われて来る。一体普通の道理から云うと年をとればうまいものを喰って栄養をよくした方がよさそうに思われるが、うまいものはついつい喰い過ぎる恐れがある。しかし、まずいものは喰い過ぎたくて・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫