・・・おじいさんはごそごその着物のたもとを裏返しにしてぼろぼろの手帳を出してそれにはさんだみじかい鉛筆を出してキッコの手に持たせました。キッコはまだ涙をぼろぼろこぼしながら見ましたらその鉛筆は灰色でごそごそしておまけに心の色も黒でなくていかに・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・ この事件に関係した判検事ばかりでなく、一般にまだ日本の人にある基本的人権尊重ということの裏返しのような現われ方を、私どもはこの際に考えて見なければいけないと思います。なぜならば、親子関係の理解の非民主的な点は皆さんよく御注目になってい・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・民法という大へん進歩的なようなものがあって、人民はどれだけの権利がある、どれだけのことをしてよいかということがきめられてありますなかに、女というものは裏返しになってそこに現われているわけであります。それから刑法はどうかといえば、民法とは逆に・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・そのままの状態を、一つも発展しないものとして裏返して見れば、悪条件の無くなった社会で、女がそういう奴隷的生存を続ける為の結婚を望まなくなるだろうということは言えるだろう。けれども、私たちはそういう機械的な裏返しで現在の逆を見る誤りに落入って・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ 石田は防水布の雨覆を脱いで、門口を這入って、脱いだ雨覆を裏返して巻いて縁端に置こうとすると、爺さんが手に取った。石田は縁を濡らさない用心かと思いながら、爺さんの顔を見た。爺さんは言訣のように、この辺は往来から見える処に物を置くのは危険・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・が、またぶらぶら流し元まで戻って来ると俎を裏返してみたが急に彼は井戸傍の跳ね釣瓶の下へ駆け出した。「これは甘いぞ、甘いぞ。」 そういいながら吉は釣瓶の尻の重りに縛り付けられた欅の丸太を取りはずして、その代わり石を縛り付けた。 暫・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫