・・・それはある旅館の裏門で、それまでのまっすぐな道である。この闇のなかでは何も考えない。それは行手の白い電燈と道のほんのわずかの勾配のためである。これは肉体に課せられた仕事を意味している。目ざす白い電燈のところまでゆきつくと、いつも私は息切れが・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・ 急ぎて裏門を出でぬ、貴嬢はここの梅林を憶えたもうや、今や貴嬢には苦しき紀念なるべし、二郎には悲しき木陰となり、われには恐ろしき場処となれり。門を出ずれば角なる茶屋の娘軒先に立ちてさびしげに暮れゆく空をながめいしが、われを見て微かに礼な・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・三時半を過ぎると、看護卒が卑屈な笑い方をして、靴音を忍ばし、裏門の方へ歩いて行った。五十銭持って、マルーシャのところへ遊びに行ったのだ。不安は病室の隅々まで浸潤してきた。栗本は夕飯がのどを通らなかった。平気でねているのは、片脚を切断した福島・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 私が講義のあいまあいまに大学の裏門から公園へぶらぶら歩いて出ていって、その甘酒屋にちょいちょい立ち寄ったわけは、その店に十七歳の、菊という小柄で利発そうな、眼のすずしい女の子がいて、それの様が私の恋の相手によくよく似ていたからであった・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
ヨワン榎は伴天連ヨワン・バッティスタ・シロオテの墓標である。切支丹屋敷の裏門をくぐってすぐ右手にそれがあった。いまから二百年ほどむかしに、シロオテはこの切支丹屋敷の牢のなかで死んだ。彼のしかばねは、屋敷の庭の片隅にうずめら・・・ 太宰治 「地球図」
・・・毎日、用事ありげに、麹町の自宅の裏門から、そそくさと出掛ける。実に素早い。この祖父は、壮年の頃は横浜で、かなりの貿易商を営んでいたのである。令息の故新之助氏が、美術学校へ入学した時にも、少しも反対せぬばかりか、かえって身辺の者に誇ってさえい・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
始めてこの浜へ来たのは春も山吹の花が垣根に散る夕であった。浜へ汽船が着いても宿引きの人は来ぬ。独り荷物をかついで魚臭い漁師町を通り抜け、教わった通り防波堤に沿うて二町ばかりの宿の裏門を、やっとくぐった時、朧の門脇に捨てた貝・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・自分はまだ一度も行った事がないが病後の事であるからと思うて座敷で書見をしている父上に行ってもよう御座いましょかと聞くと行くはよいが傘をさして行けとの事であったから、帽をかぶってわるい方の蝙蝠傘を持って裏門へまで行くと、要太郎はもう網をこしら・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・宅の裏門を出て小川に沿うて少し行くと村はずれへ出る、そこから先生の家の高い松が近辺の藁屋根や植え込みの上にそびえて見える。これにのうぜんかずらが下からすきまもなくからんで美しい。毎日昼前に母から注意されていやいやながら出て行く。・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・けれども、出入りの八百屋の御用聞き春公と、家の仲働お玉と云うのが何時か知ら密通して居て、或夜、衣類を脊負い、男女手を取って、裏門の板塀を越して馳落ちしようとした処を、書生の田崎が見付けて取押えたので、お玉は住吉町の親元へ帰されると云う大騒ぎ・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫