・・・ N町から中野へ出ると、あののろい西武電車が何時のまにか複線になって、一旦雨が降ると、こねくり返える道がすっかりアスファルトに変っていた。随分長い間あそこに坐っていたのだという事が、こと新しい感じになって帰ってきた。 新宿は特に帰え・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・このあたり複線路の工事中と見えたり。山霧深うして記号標の芒の中に淋しげなる、霜夜の頃やいかに淋しからん。 これより下り坂となり、国府津近くなれば天また晴れたり。今越えし山に綿雲かゝりて其処とも見え分かず。さきの日国府津にて宿を拒まれよう・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・暫く行くと草に埋もれて、複線のレールが古びている。これは又何故か? 私は不思議に思った。すべてのものを役に立てるソヴェト同盟の労働者がどうしてレールを腐らしているのだろう? ドミトロフ君のその時の答えは、今日も猶つよく私の心にのこってい・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
出典:青空文庫